- ブランド名:セイコー(諏訪精工舎)
- モデル名:キングセイコー
- ムーブメント型式:Cal.5626B
- 振動数:28800回/h(4.0Hz)
- 使用石数:25石
- 発売年:1968年
- ケース:ステンレスケース
- ラグ幅:18mm
こんにちは、今回は諏訪精巧舎のベストセラーである56ムーブメント搭載の56キングセイコーをメンテナンスしていく。
さあ今回の機械もいい感じに浸水跡が見え、ケースも傷が多い。激しい扱いを受けてきた歴史を感じる。
どんな時計も防水ラインにゴムやグリスを使用している限りは、3~5年で防水機能などないと考えて問題ない。加えてリューズは回転部であるためねじ込み式でないものは防水構造そのものが難しい。
もの凄ーく力強く固着したスクリューバックを開放すると、これまた薄汚れた?激汚れたムーブメントが出てきた。思わずスクリューバックじゃなくスナップバックじゃないかと思うほどの凶悪に固着した個体であった。
ここで、56ムーブメントにおいてスクリューバック式というのは珍しい。56ムーブメントのほとんどは、文字盤側のベゼルからアクセスする特殊なワンピースケースに収められている。
56ムーブメントは、とてもチャレンジングなムーブメントだ。
これまで、生産性を重視して設計されてきたセイコーのムーブメントであるが、56ムーブメントでは本格的な大量生産によるコストダウンの様子が見て取れる。
今まで、頑なにGS、KSは専用ムーブメントとなっていたが、56からは準高級機であるロードマチックにも同じムーブメントを搭載し、生産数を確保している。
モノを見る限りでは、GS、KSと同じムーブメントを搭載したロードマチックというよりは、ロードマチックのムーブメントをGS、KSに搭載したといった感じだ。
そういっても、さすがはセイコー、大量生産によるコストダウンを図っても精度へのこだわりは異常であり、56ムーブメントは、クロノメーター規格をクリアできるほどのムーブメントである。
その圧倒的な生産数のおかげで現在でも球数は十分である。
ここで、リューズを操作して動作を確認すると、巻き上げは重く、かろうじて動作するがすぐに止まってしまう。
時間調整、秒針規制、クイックチェンジは問題ないようだ。
56ムーブメントでクイックチェンジが生きているの奇跡的で、使用頻度は少ない個体のようである。ほとんどの56ムーブメントのカレンダークイックチェンジは故障している。
分解については、この邪魔くさいハンマーから取り外す。メンテナンスの際はこれがついていると大抵ろくなことにはならない。これだけのものが周囲のどこにも接触せずに回転しているとは驚きである。
ローターを外すとムーブメントが出てくるが、ライナーやマチックとは似ても似つかない構造が顔を出す。どうやら多くの新規設計を抱えたムーブメントのようだ。
オシドリを押して、リューズを引き抜く。ここも問題なくできた。
巻き芯にもドロドロ下何かが付着している。やはり何か怪しい個体である。
スペーサリングがはめ込まれているので外す。この個体はまるで接着されているような状態であった。
本来はリューズを抜くとゴソッとムーブメントがケースから外れてくる。
ビニールで養生をしたら剣抜きで針を外す。
いつも通り、ムーブメントのサイドには文字盤の固定ネジがあるので2か所緩めておく。
文字盤を外すとデイデイトのリングが顔を出す。1~31までのフォントに統一性がなく、いつも気になってしょうがない。
ここからは56キングセイコーのカレンダーを分解していく。
56ムーブメントはデイデイトを持ったモデルが多く製造されたようで、デイト表示のみのものは珍しい。さらにデイト表示すらないノンデイトのものはかなり希少品だ。
確かに、新品購入する際は、デイデイト機能のついたものが欲しくなる。
しかし、製造から50年以上たったアンティークの場合は、無駄な機能は故障の原因でしかない。
さらに言えば、56系ムーブメントにおいてはデイデイトの故障率が異常である。
もはや設計ミス、リコールレベルといっても過言ではない。
本品は奇跡的にデイデイト機能が無事であることから、実用頻度が少なかったと推測できる。その辺の構造も分解しながら見ていこう。
曜日表示のリングは中央のCリングで留められているのみだ。どこかに飛ばさないようにマイナスドライバーで取り外す。
Cリングは写真で見るよりかなり小さいので紛失に注意する。
Cリングを外すと曜日表示のリングが外れる。
するとさっそく問題の機構が顔をのぞかせる。
ああこれか、といったところだ。明確な理由はわからないが、白いプラスチックが写真左と写真右のドライバの下側に確認できる。
右側のものが曲者だ。この十字のプラスチックで、日付と曜日をクイックチェンジする。
右のものは時針と分針に合わせて日付を切り替えるものだ。
アンティーク時計あるあるとして「短針が3時と6時より下側にある時は、クイックチェンジしてはいけない」というものがある。
最近の時計からは想像もつかないが、左側の機構と右側の機構が干渉するためと推察できる。
大抵この十字が割れるか、削れるか、トルクがかからなくなるかで、不良となっている。
原因は摩耗、過負荷、オイルによるクラック破壊などが考えられる。これらの弱点は亀戸セイコーの52系ムーブメントでは対策されているようで、故障率はまるで違う。
あと驚きなのが、このころの流行なのか、パーツにプラスチックが使用されていることである。機械式時計にプラスチックが使用されているとどうしてもチープに感じてしまう。
驚くほど小さなネジを2個外すと片方のおさえ板が外れる。
曜日表示リングと違って厳重に固定されている。反対側のプレートのネジを外す。
日付表示リングが外れるといよいよムーブメントの全貌が現れる。
やはりリューズ回りと全体に水がわまった跡が確認できる。
しかし、水が入ってもせいぜいこんなものだろう。致命傷には至っていない。先日のクラウンは一体どんなひどい環境にあったのか、謎は深まるばかりである。
しかしながら、56ムーブメントは、今までのムーブメントと比べて圧倒的に部品点数が多い。決してシンプルとは言い難い構造である。これを大量生産していたとはさすがはセイコーの勢いを感じる。
取り出したムーブメントは汚れが激しいが、致命的な破損はなさそうだ。
まずはお約束通り、動力を開放する。リューズを保持しながら回転止めを押え徐々にゼンマイを開放する。
ここは、最もエネルギーが大きい場所なので落ち着いて作業する。
続いて、見慣れない部品があるが、ためらわずネジを外す。
ハンマーの次の部品なので、ハンマーの回転をゼンマイ巻き動作に変える歯車である。
角穴車を固定するネジを外す。ここは正ネジなので反時計回りで取り外しできる。
うへあー、角穴車を外すと何やらすごいことになっている。
とても有識者が手入れしたとは思えない状態である。高粘度のグリスだろうか、色的にはモリブデンだろうか、あまりこの状態は見たことがない。
そもそも角穴車が表裏逆付けされていた時点で、プロの仕事とは言い難い。
ど素人か全く才能のない時計師がばらしたものと思われる。
まあ、私のようなメンテナンサーからすれば、ワクワクしてくる。正しく組みなおすだけで回復する可能性が高いからだ。
ここで、プレートを固定するネジを3か所はずす。輪列押さえと香箱押さえのプレートが一体化していることから、生産技術の向上と加工技術の向上、コストダウンが見て取れる。
さすがは当時の新設計ムーブメントだ。意欲的な変更が多々見られる。
ドライバーなどでプレートを静かに浮かせる。
プレートを取り除くと輪列が顔をのぞかせる。特に変わったところはないが、写真左下に自動巻き機構の歯車が見える。
ずいぶんと複雑な歯車であるが、マジックレバーの代わりだろうか。
まあ、細かいことは気にせずガンガンばらしていこう。
自動巻き機構の歯車をばらした状態。これでやっと手巻き3針と同様の機構が残った。
ちょっとしたことで、いかに機構が複雑になるかがよくわかる。機械式時計は、ノンデイト、3針、手巻きがシンプルで美しい。
まあ、所有者はムーブメントを見ることはないのだから、便利であるほうがいい。
多機能、電子化した現代においても多くの製品で当てはまる内容ではないだろうか。機能を厳選し、シンプルに作ることで高性能、軽量、頑丈、安価など大きなメリットがある。
今一度モノの選び方を見直してみるのもいいかもしれない。
秒針を回している4番車を外す。
2番車をはずす。2番車の下から出てきたのは、秒針規制装置(ハック機能)のアームである。4番車に干渉させて秒針を止める思想である。
1番車を外していくと、やはり、軸にモリブデングリスらしきものが大量に塗布してある。まるで45キングセイコーと間違えたような内容であるが、気のせいに違いない。
そして、いよいよテンプを取り外す。8振動機のヒゲゼンマイはとても繊細なので、5振動機よりも慎重に扱う。高級機ほど、メンテナンス性を考慮して設計されているようだ。
アンクル抑えは金メッキしようとなっているが、その理由は定かではない。56ロードマチックとの差別化部品であろうか。
3番車を取り外す。秒針規制装置が邪魔になるが取り外しは可能であった。
特にここは今回気にしないでメンテナンスを続行する。
アンクル抑えを固定しているネジを外す。
マイナスドライバーで慎重にプレートを浮かす。
とても繊細で異様な形に曲がったアンクルが出てきた。どうやら設計通りの形のようだ。かなり無視したあとがうかがえる。ガンギ車の位置取りに苦労したのだろうか。
ガンギ車とアンクルを取り除く。
超音波洗浄機にかけるにあたり、プラスチック部品は取り除いておく。プラスチック部品はとにかく強度で金属に劣るので、取り扱いに注意すること。
プラスチック部品を取り除いたら、超音波洗浄機で細かいごみと油を振り落とす。
洗浄が完了したら次回から組み立てをしていく。