ロードマチックを支えたCal.5606

セイコーのヴィンテージ時計を調べていると、「ロードマチック」という名前を目にする機会は多いだろう。
ロードマチックは1960年代後半から1970年代にかけて販売された自動巻き腕時計シリーズである。
当時のセイコーは、セイコー5、ロードマチック、キングセイコー、グランドセイコーといった幅広いラインナップを展開しており、ロードマチックはその中でも実用性と高級感のバランスを重視したモデルとして位置付けられていた。
ケースや文字盤のデザインも魅力的だが、ロードマチックが高い評価を受ける理由は、その内部に搭載されたムーブメントCal.5606にある。
Cal.5606は自動巻きに加え、手巻き機能、秒針停止機能(ハック機能)、曜日・日付表示を備えた高機能ムーブメントであった。
現在では当たり前に見える機能かもしれないが、1960年代後半としては非常に先進的な仕様である。
さらに、Cal.5606は単に高機能なだけではない。ロードマチックだけでなく、キングセイコー56KS系にも搭載されるする56系ムーブメントの中核として採用され、当時のセイコーフラッグシップ機を担う存在でもあった。
一方で、優れたムーブメントである反面、長年使用される中で見えてきた弱点も存在する。
なぜCal.5606は名機と呼ばれるのか。そして、なぜ現在でも修理やオーバーホールの話題が絶えないのか。
今回は、ロードマチックを支えたCal.5606の特徴と弱点について詳しく見ていきたい。
Cal.5606は1960年代のSEIKO傑作ムーブメント
1960年代といえば、1969年世界初のクォーツ式腕時計アストロンの登場まで、機械式時計が最高精度を競っていたような熱い時代である。
そんな中で、当時では先進的なデイデイト表示と自動巻き機構を装備し、準高級機の位置づけで登場したのが諏訪精工舎のcal.5606ロードマチックである。
これら56系ムーブメントの最大の特徴は、標準化設計による品質向上、量産によるスケールメリットを生かした原価低減である。
標準化設計のメリットをわかりやすいところでいうと、グランドセイコーというハイエンドから、次点のキングセイコー、準高級機のロードマチックとすべて基本設計が同一のムーブメントを使用しているのである。
当然、精度の追い込み調整や部品材質、振動数、石数などで差別化が図られてはいるが、私が見る限り、大同小異、設計的には同一のムーブメントである。ギアの大きさも軸の設置位置も大きく変わらないのだから、価格ほどに品質の違いがないのは明らかである。
前身となる44系ムーブメントではグランドセイコーとキングセイコーは同一ムーブメントが使用されていたが、準高級機であるクラウンスペシャルは全く別のムーブメントが使用されていた。
グランドセイコーの設計品質を準高級機であるロードマチックに反映させたうえで、生産数量を増やして全体的な原価低減を図ることで、ユーザーへの還元と利益向上を狙った経営判断であったといえる。
実際にハイエンドのグランドセイコーと同等ムーブメントであることが、当時のロードマチックの営業トークになっていたはずだ。高度経済成長であったこともあり、売れまくったのか、現在でも中古市場に相当数量の流通がある。
ロードマチックは品質という面で、とてもお買い得であったことは想像に難くない。
さらに、量産化を実現するため組立部品の原価低減と組み立て性の向上が行われている。そんなSEIKO渾身のモデルであっただろう。
反対に、これまで専用ムーブメントであったグランドセイコーから見れば、下位モデルと同様のムーブメントの採用は少々残念に感じたかもしれない。
同時に44系ムーブメントにはあった見えない部位の高級感はすっかり影を潜めている。それでも現代のムーブメントよりはだいぶ高級感のあるムーブメントである。例えば4R、6Rムーブメントとは比較にならないほどの高級感である。
腕時計のムーブメントの価値は、性能という意味では飽和状態でムーブメントのコストカット分は外装にあてがわれているので、単純比較はできないが、56系ムーブメントは現代の量産ムーブメントと比較しても、部品構成や仕上げには見応えがある。
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広告56系最大の弱点 デイデイトクイックチェンジ機構

そんなスーパー戦略モデルであったにもかかわらず、56系ムーブメントには有名な弱点が存在する。
それがデイデイトクイックチェンジ機構である。
現在、中古市場に流通している56系ムーブメントの多くは、曜日送りや日付送りに何らかの不具合を抱えていることが珍しくない。ロードマチックだけでなく、キングセイコーやグランドセイコーに搭載された56系でも同様の症状が見られる。
主な原因として知られているのが、クイックチェンジ機構に使用された樹脂部品の摩耗や破損である。
当時の感覚からすれば、腕時計の内部機構に樹脂部品を採用すること自体がかなり挑戦的な試みだったはずだ。実際に分解してみると、その小ささと精度には驚かされる。1960年代後半にこれほど精密な樹脂部品を量産していたことは、むしろ技術力の高さを感じさせる部分でもある。
しかし現在では、この樹脂部品の摩耗や破損によってクイックチェンジ機構が正常に動作しない個体が数多く存在する。
ただし、この問題を単純に設計上の失敗と断定するのは少々乱暴かもしれない。
なぜなら、私たちが現在見ている個体の多くは製造から半世紀以上が経過しているからである。
本来、機械式時計は定期的なオーバーホールを前提として設計されている。自動車でいえばエンジンオイル交換を行わずに50年間乗り続けたようなものであり、適切な整備を受けていたかどうかで評価は大きく変わる。
また、クイックチェンジ機構そのものも、金属ギアを保護するために意図的に樹脂部品を介在させた可能性がある。
実際、日付変更動作中に無理なクイックチェンジ操作を行った場合、樹脂ギア側が先に滑ることで高価な金属部品を保護する構造とも考えられる。
もしそうであるなら、この樹脂部品は現在でいうヒューズやクラッチのような役割を担っていたことになる。
もちろん真意は当時の設計者にしか分からない。
しかし少なくとも、50年以上経過した現在の状態だけを見て設計の善し悪しを判断するのは難しいだろう。
むしろ注目すべきは、クイックチェンジ機構に問題を抱えながらも、時計として最も重要な輪列や脱進機、自動巻き機構の多くが現在でも健在であることだ。
半世紀以上前に設計された機械が、適切な整備によって今なお実用に耐える。
私はその事実こそが、56系ムーブメントの設計品質の高さを物語っているように思う。
それでもCal.5606が名機と呼ばれる理由
デイデイトクイックチェンジ機構という有名な弱点を抱えているにもかかわらず、Cal.5606は現在でも高く評価されている。
その理由は単純な精度やスペックではない。
Cal.5606が評価される本当の理由は、当時のセイコーが目指した「高品質を量産する」という設計思想を体現したムーブメントだからである。
設計という仕事は完成した製品を見るだけでは理解しにくい。
しかし、Cal.5606を分解してみると、その内部には設計者たちの苦労や工夫が数多く残されている。
グランドセイコー、キングセイコー、ロードマチックという異なる価格帯に同じ基本設計を展開しながら、品質を維持し、生産性まで両立させようとした。
これは現在の自動車業界で行われているプラットフォーム共有にも通じる考え方であり、むしろ時代を先取りした発想だったといえる。
もちろん結果として、現在ではデイデイト機構に不具合を抱える個体が多く存在する。
しかし、それをもって設計の成否を語ることはできない。
なぜならCal.5606は、本来定期的なメンテナンスを受けながら長期間使用されることを前提に設計された機械だからである。
設計とは製品が発売された瞬間の性能だけでなく、その後何十年にわたり価値を提供できるかまで含めて評価されるべきものだ。
そしてCal.5606は、半世紀以上経った現在でもなお実用に耐える個体が数多く存在する。
私はその事実こそが、このムーブメントの設計品質を証明していると思う。
時計好きとしてはもちろんだが、設計という仕事に携わる者として見ても、Cal.5606は学ぶべき点の多い名機なのである。
当然のように自動巻きの巻き上げ機構にも切り替え車が使用され、別途、リューズによる手巻き機構も装備されている。これだけのムーブメントを安価に手に入れることは、現代では難しい。
こんな素敵なムーブメントを積んだ時計が、いまだに中古市場で激安で大量に出回っているのだから、ラッキーという他ない。
挑戦的なデザイン

ロードマチックの魅力はまだまだある。
それはグランドセイコーではとても許されない、チャレンジングなデザインである。
61系のアドバンまでとはいかないが、実に魅力的なデザインであふれている。カットガラス+カラーダイヤルは昭和を代表する傑作デザインであるといえる。
現代において、これをやろうとすると、どうしても品質を下げざるを得ないだろう。奇抜なデザインになるため、高級機に採用するにはリスクが大きすぎるのである。その様子は現代のワイアードやアルバを見れば明らかである。
しかし、この時期はいろんな背景があり一味違う。高度経済成長、クォーツショック、SEIKOノリノリ。ロードマチックのほかにも奇跡的なモデルがそろっている。まさにSEIKOの黄金時代と言える。
全モデルコンプリートなんて無理なんじゃないかと思うくらい多くの種類が存在する。それどころか、全モデルを把握することさえ難しいだろう。
それをSEIKOはビジネスとして作っていたのだから、まさに狂気の沙汰であると感じている。
腕時計好きであれば一本は持っておきたいムーブメントである。
実は、亀戸精巧舎が開発した52系ロードマチックスペシャルもあるのだが、またの機会に書くこととする。
まとめ
- Cal.5606はロードマチックを代表する自動巻きムーブメント
- 手巻き機能、秒針停止機能、曜日・日付表示を備えた高機能設計
- 56系はGS、KSにも採用され、当時のセイコーを支えた名機である
- 毎時21,600振動により実用性と精度を両立している
- 一方で曜日クイックチェンジ機構には弱点がある
- 適切な整備を行えば現在でも十分実用可能
Cal.5606は1960〜70年代のセイコー自動巻き技術を象徴するムーブメントである。
現代の視点で見ても、手巻き機能や秒針停止機能を備えた実用性の高い設計は色あせていない。
一方で、曜日送り機構の樹脂部品など経年劣化による弱点も知られており、ヴィンテージウォッチとして購入する際には状態の確認が重要になる。
それでも半世紀以上前に設計されたムーブメントが、適切な整備によって今なお現役で使われていること自体がCal.5606の完成度の高さを物語っている。
ロードマチックを手にするなら、ぜひその内部で時を刻み続けるCal.5606にも注目してみてほしい。
デイデイト機構に弱点はあるものの、それを補って余りある完成度を持つのがCal.5606である。
半世紀以上経った現在でも愛好家に支持され続けている事実こそ、このムーブメントが名機である何よりの証拠だろう。
Cal.5606を眺めていると、時計という製品の裏側には必ず設計者の存在があることを思い出させてくれる。
誰かが考え、悩み、工夫し、量産できる形に落とし込んだからこそ、私たちは半世紀後の今でもその恩恵を受けられる。
そして驚くべきことに、その仕事は普段ほとんど意識されることがない。
Cal.5606は単なる古いムーブメントではない。
設計という仕事が社会に残した価値を、今なお動き続けながら教えてくれる存在なのである。


