クォーツショックの波間に生まれた名機

こんにちは、今日も元気にメンテナンスしていこう!
今回は久々にメンテナンスシリーズを書いていく。
今回のモデルは、言わずと知れた61スピードタイマーだ。
あまりの大人気に別に私が書かなくてもいいくらいに情報があふれかえっている。
しかも、どちらかというと日本国内よりも海外で愛されているようだ。
個人的にはスピードタイマーというよりも61系ムーブメントの標準化設計の優秀さに驚いている。
61系ムーブメントは私の知る限りSEIKOの最高傑作の1つといえると思う。
それは、フラッグシップのグランドセイコーから普及品の手巻きスカイライナー、スピードタイマーにアドバンまで、すべてのラインナップをカバーしている。
1970年前後は諏訪精工舎の61系と亀戸精巧舎の70系に集約されているんじゃないかと思うくらい傑作だらけである。
この時のSEIKOはまさに波に乗りまくっている状態といえるだろう。
そんな傑作を生みだしまくっていた一方で、クォーツショックで時計業界はてんやわんや。
そんな中ひっそりと発売された6139スピードタイマーは、振り返ってみたら実は世界初の自動巻き式クロノグラフでしたとのこと。
以来、なぜか主に海外の方に愛され続け、現在でもアフターパーツまで手に入る優遇ぶり。
ここまでのモデルは、世界的に見ても数えるほどだろう。
そしてこのモデル、驚くことに秒針がない。本来の秒針の位置にあるのはクロノグラフ針で右上のボタンをプッシュするとスタートする。
1分が経過すると6時位置の小さいダイヤルが1目盛り進む仕掛けだ。
もう一度右上のボタンをプッシュするとクロノグラフ針は止まる。
その状態で右下のボタンをプッシュすると0位置にリセットされるという構造だ。
この仕様、腕時計にストップウォッチ機能を付加したものであるが、実用性は「?」である。
そのため、人気の秘訣はその特徴的なデザインが大きな理由であると考えられる。
しかしながら、プッシュで動き出す針、一瞬で0位置リセットされる様子は通常の時計にはない魅力だ。
それが機械仕掛けで動くのだから、そのロマンは計り知れない。
内部構造が気になって仕方ないのだ。そんなわけで今回は一つ入手してみた次第である。
中の構造はどうなっているんだろう

では、早速気になる内部構造を見ていこう。
裏蓋を開けると見慣れた61系のローターが見える。
全く刻印がないが、オリジナルかどうかは不明である。
製造時期と本機の状況から、アフターパーツはいくら使用されていても不思議はない。
このままでは半分近くが見えないのでロータを外していく。

ローターを外すとマジックレバーが単体で現れた。
通常の61系のモデルだと一体化されているはずだが、謎の構造である。
また、テンプ受けの形状もなぜかダブルブリッジ構造となっている。
これも何か理由がありそうだが、現時点では不明。
クロノグラフ機構を詰め込むために、下側にテンプ受け固定スペースを十分に設けられなかったか。

このあたりで、リューズを抜いていこう。
ここでなくてもよいが、ゼンマイの解放を忘れずに実施しておく。
オシドリはある程度分かりやすい位置に設置されている。
全体的な構造の安心感は61系ムーブメントならではである。
ちなみに中央右付近に見える長いアームは0リセットボタンの押し力調整に使用している。
ここを調整することで押した感じを調整できる。

リューズを外したらスペーサリングも外していく。
ここで、プッシュボタンはスペーサリングで抜け止めされているので、
飛び出さないよう注意しよう。
そうはいっても、分解清掃が必要な個体は大抵このボタンが固着している。
毎日のように使用すると時計はとても汚くなるものだ。
本機も例外なく、油と皮脂と埃と金属粉でベトベトである。
早くきれいにしたい。

リアのプレートを外したところ。
撮影の都合上、リングがついているがご容赦願いたい。
ここで、やっとクロノグラフらしい機構が顔をのぞかせる。
象徴的なものが、4番車と一体化したクロノグラフ車である。
この歯車がクロノグラフの肝であり、重要な部品となる。
この部品が正常動作するかどうかで、すべてが決まるといっても過言ではない。
そしてこの部品、そう簡単に故障するような構造ではないが、頑丈な構造でもない。
構造を理解せずに触ると大抵破損させてしまう。
ある程度の理解と修理技術が必要となる。
あと、特徴的なのは線バネが2本入っていることだ。
ストップウォッチのスタート、ストップを行う第1ボタンのバネのほうが太く作られている。
この辺りは同じCal.6139でも微妙な違いがるので、構造を理解しながら眺めていこう。
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広告ケース分解、ムーブメント取り出し


このあたりでいったんムーブメントをケースから抜いていこう。
リューズとスペーサリングが抜けた時点で、ムーブメントを固定するものはない。
外装は例にならって傷だらけである。
磨きがいのある個体だ。
夜光塗料の劣化が激しいが、年代を考えると文字盤はきれいであるといえる。
何度かメンテナンスされてきたということであろう。

ここまで、傷だらけで汚れているので、ケースも分解清掃を実施する。
ベゼルは隙間からこじ開けで外すことができる。

インナーリングと謎の金属スペーサに完全に弾力を失った防水用のゴムパッキンが嵌められている。
これらも分解して清掃、替えは手持ちがないので再利用とする。
文字盤側の分解

いつも通り、針を剣抜きで外していく。
注意すべきはクロノグラフ針の軸はスリップ防止と位置決めのため、半月盆のような断面になっている。
組み立ての際は注意しよう。

サイドの固定ネジ2本を緩めて、文字盤を外した状態。
ちなみに、なぜ61スピードタイマーが曜日と日付を分けて別窓で表示しているのかを真剣に考えていた。
セイコー5では1つ窓に曜日と日付を表示して視認性を高めるコンセプトがあったからだ。
よく考えれば当たり前なのだが、この状態であれば答えは明白である。
6時位置にあるクロノグラフ分表示針の軸を避けるためである。

曜日表示盤を外した状態、留めているのはCリングのみなので、Cリングを外せばOK。
Cリングの紛失、変形に注意しよう。
しかも、このCリングには表と裏があるので注意しよう。
平面となっているほうが表側である。
逆に取り付けるとうまく動作しない。

この辺は61系共通の構造であるので大きな違いはない。
リューズプッシュチェンジレバーは、組立時には注意して動作を確認しよう。

これが先ほど書いたクロノグラフ針の軸である。
小さくて見えにくいが、軸が円形断面でないことがわかるだろうか。
当然針の穴もこれに合わせた形状となっている。
文字盤側はこのくらいにしてムーブメント側を分解していこう。
クロノグラフ機構の分解

どこから手を付けていいかわからないが、まずは取れるものを取っていこう。
いかにも作業を阻害しそうな線バネから外していく。

線バネとクロノグラフ分表示車、0リセットレバーを外した状態。
ナニコレ?と思う形状をしていたのが0リセットレバーである。
第2ボタンをプッシュするとレバーがクロノグラフ車の軸をプッシュして0位置にリセットしてくれる。
この時、ムーブメントには大きな負荷がかかる。
この衝撃に耐えるようにクロノグラフ針の軸は特殊な形状をしていると推測する。

続いてカニばさみのような機構の右側を外した。
第1ボタンをプッシュするとこのカニばさみが作動してクロノグラフ車の軸にあるクラッチを浮かせる。
結果として、スリップ駆動していた4番車と接続されて、ストップウォッチスタートとなる。
もう一度、第1ボタンをプッシュするとカニばさみはクロノグラフ車を開放、クロノグラフ針は停止する。

角穴車とプレートを外した状態。
ここまでくるとすでにクロノグラフ機構を感じる機構はクロノグラフ車のみとなる。
ちなみにクロノグラフ車のてっぺんに乗っているものは、クロノグラフ分送りのための機構である。
あのか細い先端で歯車を1目盛り分だけプッシュする。
ここも変形させると正常動作しない。

もうあとは、見慣れた機構を残すのみである。

以上で分解完了。
通常の61系と比べると部品点数が多いので、わかるように仕分けしておくこと。

多少部品は多いが、思ったほど複雑な構造ではなかった。
クロノグラフ車とテンプの扱いだけ注意すれば特に難しい部分はない。

そしてこれが問題のクロノグラフ車。
整備マニュアルを見ると「文字盤側から歯車を押し下げて注油すること」とある。
しかし、我々素人は「歯車を押し下げる」作業はお勧めしない。
高い確率で歯車を破損することになるだろう。
付近に注油しておくだけで十分である。
あとは動作中に注油されていくだろう。
あとクラッチ部分への注油も避けること。
クロノグラフ車の破損パターンは下記3点であると考えられる
- 大型ギアと小型ギアの嵌め合い外れ
- 分送り金具の変形
- クラッチバネのへたり、変形
どれも通常使用というよりは作業ミスで発生する確率のほうが高そうである。
あとはいつも通り逆の手順で組み立てて動作確認をすれば作業完了である。
言うまでもないが、分解よりも組立のほうが3倍くらい難易度が高いので根気よく実施していこう。

作業が完了すると1杯飲みたくなるのが人情である。
これはプロフェッショナルではなく趣味として楽しむ醍醐味といえる。
世界で愛されているスピードタイマーに振れることができて幸せである。
今回はここまでとする。
今後もメンテナンス情報について書いていく。
何かの参考になれば幸いである。
それではまた。
まとめ
- 時代の狭間に生み出された名機
- 構造は思いのほかシンプル
- クロノグラフ車は取り扱い注意
- 61系ムーブメントの懐の広さに感激
- いまだに愛されるのも納得できる