クォーツショック以前の変わり種
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こんにちは、今日も元気にメンテナンスしていこう。
今回は、電磁テンプ式腕時計のSEIKOエルニクスを紹介する。
1969年セイコーアストロンの発売以降、クォーツショックと呼ばれ、機械式時計は淘汰されていく。
現在から見れば、一気に切り替わったようにも見えるが、実際は切り替え時期が存在する。
このような時代の変わり目には、その時しか存在しえないものが多く生み出される。
まさにカオスな時間である。
以前書いたSEIKO VANACシリーズに見られるカラーシリーズなどデザインが奇抜なものや、スピードタイマーなどのクロノグラフシリーズもその一例だ。
そんななか、同じようにひっそりと時代の狭間に消えていったモデルがある。
それがSEIKOエルニクス他の電磁テンプ腕時計である。
何がそんなにスペシャルなのかというと、電磁テンプは機械式時計の動力であるゼンマイを搭載していない。
そして、当然クォーツ時計ではないのでクォーツ(水晶振動子)も搭載していない。
その代わりにボタン電池と駆動用コイルを搭載、かつ機械式時計と同じ回転式バネ振り子を搭載している。
つまりは、バッテリー駆動の機械式時計なのである。
「バッテリー駆動=クォーツ時計」が当たり前の現在でこんな時計は見たことがない。
実に驚きのコンセプトである。
動力にバッテリーを用いるメリットとしては、長時間連続駆動と安定した駆動トルクであろう。
安定した駆動トルクは結果として、精度向上に寄与したと考えられる。
しかし、外乱による影響は機械式時計と同様に受けるため、長時間駆動が最大のセールスポイントであったであろう。
「毎日ゼンマイを巻かなくても安定して駆動する腕時計」ということだ。
動力がゼンマイであれば、48時間の連続駆動がいいところだ。しかし、ボタン電池であれば数か月は駆動できる。
製作者側から見れば、バッテリー駆動のノウハウを蓄えるための実験的なモデルであったと思われる。
なぜなら、電磁テンプモデルは斬新ではあるが、あまり高級感のあるモデルには見えないからだ。
そして、見方を変えれば、電池が切れたら交換しなくてはいけない。
しかも回転式バネ振り子を駆動しているため、クォーツ時計ほど省電力ではない。
どっちがいいかは好みにもよるが、確かに動力として合理的なのは、ゼンマイよりもエネルギー密度の高い電池である。
電磁テンプ式の内部構造を見てみる
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そうなってくると気になるのが内部構造である。
もうエンジニア魂が分解せよと叫んでいる。
慌てずに慎重に分解していくとしよう。
本機の裏面にはボタン電池交換のための開口部しかないので、前面からアクセスするモデルのようだ。
正しく組み立てられていれば、6時か9時の付近に溝があるはずだ。
本機は6時の位置にわずかな隙間があった。
コジアケを使って開けていく。
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ベゼルが外れた状態。
ここまでは安心の構造である。カットガラスに防水リングの構造だ。
このまま。ガラスと防水リングも外していく。
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ガラスを外した状態
一見美しいグラデーション文字盤であるが、奥行き感はないので高級感をなんとなく感じない。
インデックスは植え字で立体感は満点だ。
この辺のデザインはカラーシリーズあたりで確立されたモノだろう。
発売時期もほぼ同時期と見ていいだろう。
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続いて針を外していく。
剣抜きという専用工具で抜いていく。
念のため傷防止でビニールを敷いていく。
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針がとれたら19分位置にあるオシドリを押して、リューズを引き抜く。
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ここでも驚きなのが、なぜかこのモデルのリューズ位置が2時付近という構造。
通常は3時か4時位置にあるものだ。
本機も手巻きが不要なので、SEIKO5と同様凸なしのリューズである。
外観から電磁テンプであることを示し、SEIKO5以上にリューズ操作不要とのことであろう。
これで正面側からムーブメントが取り出せる。
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広告エルニクスのムーブメントを見てみる
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ムーブメントを取り出して、固定ネジ2本を緩め文字盤を外し、Cリングを外してカレンダーを外した状態。
ここまでに特別な構造はない。
カレンダーを外した裏が、見事なまでにフラットであるのは特徴的だ。
段差を徹底的になくした構造に見える。
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日付車の抑えを外した状態。
何やら私の嫌いなバネが2か所に使われている。
これが飛ぶとほぼ発見することは不可能になるバネである。
ここまででプラスチック部品の採用はないようだ。
56系ムーブメントでの失敗を受けて、プラスチック部品の使用を一時停止したのだろう。
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日付車を外して、ついに見えた駆動コイル、これに電気を流し、時計を駆動している。
機械式時計であれば、ゼンマイに相当する部分である。
そのため、これは機械式時計には搭載されるはずのないものである。
そのため、コイルの設置スペースは驚くほど豪華に使われている。
そして気になるのはリューズ周りの構造がやや不安な感じだ。
写真では伝わりにくいが、明らかにペラペラである。
なぜリューズ位置を2時にしたのかは不明である。
外観からバッテリーウォッチであることを示したかったのだろうか。
まあ、文字盤側はこのくらいにして背面側を見てみよう。
実に不思議なムーブメント
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これが背面側である。
唯一無二の不気味なムーブメントが現れた。
その配置には、まだまだ熟成が足りていない粗削り感がある。
決して美しいとは言えず、まるでフランケンシュタインのようにも見える。
そんな中でも亀戸精巧舎は意地でも2点支持のテンプブリッジにこだわっているようだ。
内容としては、全部で9石を使用したムーブメントである。
およそテンプに4石、アンクルに3石、駆動ギアに2石といったところだろうか。
歯車の輪列にルビーが使われている様子はない。
きっと駆動トルク自体は低めの設計なのだろうか。
これ以上分解するつもりはないので推測である。
このムーブメントは、ゼンマイの代わりにボタン電池と駆動コイルを搭載している。
そうかといって、それ自体が小型化には寄与しているようには思えない。
実際に輪列は歯車が小さく、少なくなっていることで小型化はされているが、ボタン電池とコイルがゼンマイよりもはるかに大きいため、腕時計としては大型の部類である。
この駆動コイルに電流を流すことで、駆動ギアにトルクをかけることができる。
アンクルが搭載されていることより、クォーツ時計と異なり、ゼンマイのように常時トルクをかけているのではないかと思う。
電気回路については、実に単純で壊れる要素は、ほぼないだろう。
現在において不動品が多いのは輪列にルビーを使わなかったせいか、駆動トルクを弱くしすぎたせいだろうか。
どちらにせよ、このモデルは電気回路設計のノウハウ蓄積が大きな目的の一つであっただろう。
テンプをクォーツ(水晶振動子)に置き換えて、ICで駆動制御すればクォーツ式時計になる。
まさに、ハイブリッド式とも言っていい、自動車でいうところのプリウスのような存在だろう。
悲しいことは、プリウスほど活躍できる期間がなかったことや本格的に普及しなかったことだ。
このコンセプトってスプリングドライブと真逆
結果的にそうなってしまっただけだとは思うが、エルニクスのコンセプトは、あのスプリングドライブと真逆である。
各ムーブメントの運針タイミング制御と動力について書いてみた。
機械式時計
- 運針タイミング:回転式バネ振り子
- 動力:ゼンマイ
クォーツ式時計
- 運針タイミング:クォーツ式振り子
- 動力:ボタン電池
電磁テンプ式時計(エルニクス)
- 運針タイミング:回転式バネ振り子
- 動力:ボタン電池
スプリングドライブ
- 運針タイミング:クォーツ式振り子
- 動力:ゼンマイ
電気回路を持たない機械式時計。
機械式を圧倒する精度と駆動時間を併せ持つクォーツ式時計。
ボタン電池の駆動時間を持ち、回転式バネ振り子を持つ電磁テンプ式時計。
ゼンマイの駆動力とクォーツ式の高精度を両立し電池レスなスプリングドライブ。
この中でなぜかエルニクスだけが、不遇の不人気である。
不人気というよりも勘違いされているか、知らないだけかもしれない。
人によってはクォーツ式時計と勘違いしているようである。
機械式腕時計からクォーツ式腕時計への切り替え時期に生み出された不思議で悲しいレアなムーブメント。
それが電磁テンプ式腕時計なのである。
今回はここまでとする。
また、時計情報について書いていくこととする。
少しでも参考になれば幸いである。それではまた。
まとめ
- 機械式腕時計からクォーツ式腕時計への切り替え時期に誕生したレアムーブメント
- 機械式腕時計にはない駆動時間が特徴
- 不気味なムーブメント構造
- スプリングドライブと真逆のコンセプト