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機械式時計の精度と振動数の意味を考える

  • 2022-06-20
  • 2023-11-06
  • 雑記
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本当に振動数が多いほうが精度は良くなるのか

こんにちは、今日も元気にメンテナンスしていこう。

今回は機械式時計の振動数について書いていく。

ある日ふと思ったのだが、時計の振り子の振動数って本当に精度に関係あるのだろうか。

確かに「何言ってるんだ振動数が高いほうが精度いいに決まっている」という声も聞こえてきそうだし、そうかもしれない。

しかし、私の見解結論としては、機械式時計の精度と振り子の振動数は直接関係ないと感じている。

なぜなら、振動数とは1秒を何回に分けてカウントするかというだけであるからだ。

当たり前であるが、正確な0.2秒を5回積み重ねて作った1秒と正確な0.1秒を10回積み重ねて作った1秒は等しいに決まっている。

そこで、早速Google先生に確認したところ納得のいく説明がなかったため、ここに書いてみようと思った次第である。

時計でいう振動数とは、一般に時計の振り子が1秒もしくは1時間ごとに振れる回数のことである。

1秒間に6回、1時間に21600回以下振れていれば、ロービートといわれる。

1秒間に8回、1時間に28800回以上振れていれば、ハイビートといわれる。

区分は明確ではなく、1秒間に7回という時計も存在するかもしれないが、ざっくりとこんな感じである。

しかし、なぜ振動数が高いほうが精度がよくなると言われているのだろうか。

他にも振動数が高いほうがパワーリザーブが短くなるとか、根拠があやふやなままに語られているものが多くあるように感じる。

およそ、何人かのライターは振動数の意味するところを一部理解していないか、伝えることをあきらめている可能性がある。

以下に振動数について、よく書かれているものを挙げてみよう

  1. 振動数が高いほうが安定稼働する
  2. 振動数が高いほうが精度がいい
  3. 振動数が高いほうが調整が容易
  4. 振動数が高いほうがパワーリザーブが短くなる
  5. 振動数が高いほうが寿命が短くなる

まあ、こんなところだろう。

それに対するよくある説明は以下のように感じる。

  1. コマも高回転のほうが安定しているから高振動のほうが安定稼働する
  2. 安定しているから精度がいい
  3. 安定しているから調整が容易
  4. 振動数が多くなるから、より動力が必要でパワーリザーブが短い
  5. 往復運動が多くなるから、より摩耗が進み寿命が短い

個人的には何を言っているか意味不明である。

読者がわかりやすいように説明を省いていると信じたい。

Google先生に上位表示されている説明のほとんどがこんな感じだったかと思う。

ザックリ「高速回転=安定=高精度」なのだという。

個人的には、半分そうかもしれないが、半分は疑問が残るそんな記載内容となっていた。

本当に高回転のコマは低回転のコマより安定しているのか

まず、最も多く書かれているこの記載について考えてみる。

これについていえば、「より高回転しているものが、必ずしもより安定して回転しているとはいえない」である。

それでは、まず、前提条件としてコマでいうところの安定した回転とは何か。

おそらくは「軸がふらつきにくい」とか「一定速度で回り続ける」とかいったところだろう。

そうすると、確かに高回転のコマは低回転のコマより安定して回転している。これは正しい。

ちなみに回転するコマが倒れない理由は、ジャイロ効果であり、倒れようとするものに対して働くカウンタートルク。自転車やバイクが倒れずにまっすぐ走れるのも同じ現象である。

そしてその効果は、「より早く回転するもの」、「より重いもの」、「より回転径が大きいもの」ほど大きい。

つまり、同じ大きさと同じ重さであれば、より早く回っているコマのほうが安定するということだ。

しかし、実際のロービートとハイビートの時計のテンプ部分を見てみると、とてもではないが、同じ大きさと重さには見えない。

例外はあるかもしれないが、高振動のものほどテンプは小さく軽く見える。

一例として上記写真はロードマーベルの初代の5振動機と3代目の10振動機のムーブメントの比較である。可能な限り大きさを合わせてみたが、回転軸のルビーがほぼ同じおおきさである。

すると、テンプの大きさが明らかに異なることがわかるだろうか。

10振動機のテンプの径は、5振動機と比較してほとんど半分くらいである。

さらに言うなら、10振動機はムーブメント径に対し、テンプは異様に小さく、かなり無駄なスペースが見て取れる。

この様子から、3代目のムーブメントは安定稼働させるために高振動化しているのではなく、高振動化するためにテンプを小型化しているように感じる。

またはムーブメントの小型化のためにテンプを小型化した結果、小さく、軽く、不安定になったテンプを安定させるために高振動化したというほうがしっくりくる。

つまり、高振動化の目的は振り子の安定稼働などではなく、高振動化そのものか、ムーブメントの小型化ではないかという見解だ。

ロードマーベルの事例を見る限りでは、目的は高振動化そのもののようだ。

ちなみにこの回転物の安定を数値化したものは、角運動量と呼ばれ回転数×質量×回転径で求められる。

ジャイロ効果によるカウンタートルクもこの角運動量に比例するので、基本的に大きくは外れないだろう。

回転物の安定性が向上したかどうかは、振動数(回転数)だけでなく、回転質量と回転半径を掛け合わせた値が増加しているかどうかで判断すべきである。

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安定して回転しているからこそズレることもある

もう一つ気になっている重要な項目がある。

姿勢変化による振動数(回転数)のずれである。

安定して回転しているコマを無理やり傾けると何が起こるだろうか。

普通のコマであれば手で触れた瞬間に摩擦でブレーキがかかり、コマの回転は止まる。

しかし、もしブレーキをかけないで、コマを傾けることができたらどうだろうか。

これはあまり体感する機会がないかもしれないが、一時的に回転トルクが発生する。

つまり、回転物の軸を傾けると回転が加速したり、減速したりするのだ。

これは先ほどのジャイロ効果を逆に使っている内容で、積極的に回転物を傾けることで回転を加減速することができる。

握力、手首強化のトレーニング器具(ジャイロボールなど)でその原理は体感できるだろう。

そして、この効果は「より早く回転するもの」、「より重いもの」、「より回転径が大きいもの」ほど大きい。

つまりは、静止状態でより安定して回っているものほど、姿勢変化の際に回転数のずれが大きくなるのだ。

難しく言えば、角運動量の大きいものほど、姿勢変化の際の回転数の変化が大きい。

簡単に言えば、小さく、軽く、ゆっくり回転するものほど、姿勢変化の際の回転数の変化が小さい。

つまりはテンプの角運動量を減らすことで、姿勢変化の際のずれを抑制できる。

具体的にはテンプ軽く、小さくし、あえて回転を不安定にすることで、姿勢変化の際のずれを小さくしているのである。

そう考えると、「高振動化→安定稼働→高精度化」などと言う説明は、到底納得できるものではない。

「高振動化→姿勢変化によるずれの影響を軽減→腕の振り等の実使用を考慮した高精度化」といったところが妥当であろう。

以上より、高振動化のメリットに対する説明は謎であると考えている。

しかしながら、「姿勢変化によるずれの影響を軽減=安定稼働だと言っているんだよ」という声が聞こえてきそうではある。

それでは、安定稼働するから調整容易とはどう説明するのかは、引き続き謎である。

「高振動=安定稼働」を否定したため、以下は蛇足だが「高振動のほうが調整が容易」という言葉を考察してみよう。

こじつけに近いが、振動数が2倍になると調整にかかる時間が1/2になると言えなくもない。

例えば、5振動のムーブメントをタイムグラファーで1分間測定し±0秒の結果を使用したとする。

するとこのムーブメントの1分間の誤差範囲は±0.2秒以下であるといえる。

振動数が5振動なので0.2秒以下を認識できないのだ。

実際は1分間で0.15秒遅れていたとしても、タイムグラファー上の表示誤差は±0秒となる。

これを1日に換算すれば、60分×24時間=1440分なので、計算上の日差は±288秒となる。

同じことを10振動機で行うと計算上の日差は±144秒となるので、そのような意味で調整が容易であるといえる。

お気づきかと思うが、測定時間を2分にすれば5振動機でも計算上の日差は±144秒となる。

さらに言えば、セイコー5などは、6振動で日差保証は±40秒ほどである。

そのため計測にタイムグラファーを用いる場合は、6分以上の計測で誤差±0秒の結果が必要になる。

まあ、タイムグラファー側の分解能を上げれば解決する問題ではあるのだが。

さらに言うなら、高振動化で小型化されたテンプに対して、ヒゲゼンマイのバネ力が大きくなるので、調整はよりセンシティブになるような気もするが。

まあ、調整についてはこのくらいだろうか。

本当に高振動のものはパワーリザーブが短いのか

「高振動を維持、加速するために動力が必要」これもなかなか、怪しい説明である。

テンプの構成は輪の部分と軸、ヒゲゼンマイからなる。要するにバネ振り子である。

理論的にテンプ動作(バネ振り子の往復運動)のエネルギー損失はゼロである。

そのため、高振動を維持、加速するために動力が必要などと言うことはあり得ない。

つまり、一度テンプを加速したときのエネルギーは、ヒゲゼンマイのバネかテンプの回転運動に蓄えられ、それぞれを行き来しながら、テンプ(バネ振り子)は単体で永久稼働する。

実際には、軸の摩擦と空気の摩擦があるので、ここでの損失にわずかに差が出るかもしれない。

しかし、形状的に空気の摩擦はかなり小さいし、軸の摩擦など大きくなれば、高振動テンプは簡単に止まってしまう。

別記事でも述べたが、計算上、高振動になるほど駆動トルクは小さくなりテンプは簡単に止まる。

つまりは、テンプの振動数とパワーリザーブとは一見して無関係のように見える。

では、どこの損失が大きくなる可能性があるのか。

私の見解としては、アンクルとガンギとの衝突回数が増加することである。

アンクルが首振りしてテンプに伝えて余った分のエネルギーは、ガンギ車と衝突することで消費される。

そう、テンプがエネルギーを保っていようと失っていようとムーブメントは1振動ごとに一定のエネルギーを失うのだ。

振動数が2倍になれば、アンクルとガンギ車の衝突回数が2倍になるので、単純に損失は2倍である。

これはさすがに無視できないエネルギー量であると思うので、高振動のものほどパワーリザーブが短いことは事実であるようだ。

この時、失ったエネルギーは主に音と熱に変換されていくだろう。

このエネルギー損失を小さくするためには駆動トルクを小さくするしかない。

説明事態は怪しいものが多いが、高振動のものほどパワーリザーブが短いという説はどうやら真実であったようだ。

本当に高振動のものは寿命が短いのか

さすがにこれは大丈夫だろう。

そう思っていた時期がオレにもありました。

機械式時計の中で最も激しい動きをするのがテンプである。

そして、テンプの軸の摩耗が機械式時計の寿命であるといって問題ないだろう。

振動数が2倍になれば、摩耗も2倍、、、と言いたいが待ってほしい。

少なくともテンプの重さや振れ角が関係してくるだろう。

摩擦力とは重さ(垂直抗力)と摩擦係数の掛け算である。

つまりは振動数が2倍でも重さが半分であれば、摩擦力は半分なので摩耗は同じといえる。

ちなみに輪っかの形状であることを考慮すると、同材料で半径が半分になると重さは約1/2になる。

つまり、摩耗スピードについてはテンプの重さと振動数、振れ角などの要因がありそうなので、一概には言えない。

どちらかというと、寿命が短くならないように全体を設計しているというのが妥当であるといえそうだ。

以上で振動数について、世間でうわさされている内容の考察は終了である。

どれも当たり前のように、いろいろなところで、それらしく書かれているが、根拠が怪しいものが多いと感じている。

そうはいっても各モデルの目的や設計思想により異なるものなので、本当のところは中の人にしか知りえない。

今回の記載は、SEIKOの一部の機種と基本原理を参考に考察したに過ぎない。

世間で言われているような高振動の時計を設計することも可能ではある。

そのため、記載のすべてが間違っているとは言わないが、根拠が示されていなかったため納得ができなかったため自ら考察した。

見当違いの内容も記載してしまっているかもしれないが、仮説の一つとして楽しんでいただければ幸いである。

高振動化の目的とは何か

先述した考察より、機械式時計の高振動化の目的を上げてみる。

  1. 設計自由度の向上
  2. 商品差別化
  3. 分解能の向上

およそこのくらいである。

一番大きな理由は設計自由度の向上である。

機械式時計として大きな要素である振動数を変えることでテンプの大きさやゼンマイのサイズ、歯車のサイズを変えて、全体のバランスをとることができる。

私が時計の設計者であれば最も設計変更したくない部分はヒゲゼンマイである。

量産時に最も繊細な部品となることは明確であるので、できる限り共通のものを使いたい。

結果として、振動数を上げるためにはテンプのサイズを変更することになる。

6R系についていえば、6振動機と8振動機の違いはテンプの大きさだけではないかと考えている。

このように、高振動化を選択肢に入れることで、目的や設計思想に応じたムーブメント設計の選択肢が増えるのである。

併せて、大きなウェイトを占めるのが、商品差別化、ビジネス的側面である。

販売時に6振動よりも10振動機のほうが高級であり高性能であると宣伝するのだ。

それがメーカーの技術力の証明であり、明確な商品差別化と説明できる。

車でも4気筒車よりも12気筒車のほうが高級車のイメージがあるだろう。

それと似たようなものである。

販売時に振動数という明確な違いをアピールしやすいのである。

「10振動だから針の動きが滑らかですよね」とか言えるのである。

最後はおまけ程度であるが分解能の向上である。

5振動では0.2秒ごとに針が進むが、10振動であれば0.1秒ごとに進む。

クロノグラフではストップウォッチ機能があるため、必要になる可能性がある。

他に高振動化の目的が思いつかない。

高振動化のデメリットは何か

いうまでもなくパワーリザーブの減少と駆動トルクの増加である。

先述した通り、駆動トルクの増加とアンクルとガンギの衝突回数の増加により燃費が悪いのである。

これは、アンクル式のムーブメントである限り超えられない壁である。

これを補うために巻き数の多いゼンマイを使用する必要がある。

加えて高振動化したテンプの安定稼働を実現するため、ゼンマイのトルク増加も必要だ。

総じてゼンマイが大型化してしまう。

高振動化により、小さくしたテンプとのバランスこそが設計の腕の見せ所といったところだろう。

例えば45キングセイコーにおいては、テンプの初期起動トルクを補うために、テンプ蹴りだし機構というとんでもない機構を搭載している。

リューズを押し込むことでテンプに初速を与えて、初期起動のためのトルクを補っていると推測する。

結果として、駆動トルクを抑え、高振動ながらも駆動時間を稼ぐことに貢献しているようだ。

これは、あえて初期起動はできないが、継続起動できるような駆動トルクに設定して、アンクル停止時のエネルギー損失を抑える思想と推測する。

個人的見解として、高振動化はメリットよりもデメリットのほうが多い選択肢であるといえそうだ。

音と秒針の運針とロマンにこだわらないのであれば、ロービートを選択するほうが賢明だろう。

ロービートにはロービートの味があると思っている。

歴代セイコーに見る精度向上の取り組み

セイコーの歴史で高精度化の取り組みが行われたものをいくつか見てみよう。

過去にセイコーはマーベルをベースにブラッシュアップしてクラウンを開発した。

この時、ムーブメントを大型化することで精度と信頼性向上を図ったとある。

ここでマーベルとクラウンのムーブメントを比較すると明らかにテンプが大型化している。

テンプ中央のルビーは同じ大きさであるので、輪っか1枚分程度のテンプ大型化が確認できる。

これはテンプを大型化することで質量と回転半径を大きくして角運動量を増加させることが狙いだ。

これにより摩擦などの外乱の影響を小さくして精度の向上を図っている。

それに対して、45系や56系の開発時には、テンプを小型化して高振動化を実施している。

およそクロノメーター規格に適合するための措置と考えられる。

つまりはクロノメーター規格には腕振りなどの姿勢変化の項目があったと推測できる。

そのため、テンプを小型化することで、質量と回転半径を小さくして、角運動量を減少させることが狙いである。

これにより姿勢変化による外乱の影響を小さくして精度の向上を図っている。

上記より、どのような外乱をどの程度想定して、どのような状況に適応したムーブメントを設計するのかによってアプローチは異なる。

そのため、設計思想を汲まずに高振動=高精度とするのは少々乱暴であるといえる。

再度書くがテンプが高振動だからその回転が安定するのではない。

高振動化のため、小さく軽くしたテンプを安定させるのが難しいからこそ、メーカの技術の見せ所といったところである。

いろいろと小難しいことをそれっぽく書いたが、真実は中の人にインタビューするのが一番確実ではある。

こんな考え方もあるのかと笑って読んでいただければ幸いである。

今回はここまでとする。

今後ともメンテナンスや構造について書いていくのでよろしく。

それではまた。

まとめ

  • 高振動化は精度の向上と安定稼働とは直接関係がない
  • 高振動化は振動数と寿命とは直接関係がない
  • 姿勢変化の影響を抑制するため、あえて不安定にする必要がある
  • 高振動化すると燃費が悪くなる
  • 高振動化の目的を再確認しよう
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