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秒針規制鎌付き44キングセイコーの分解

グランドセイコーとキングセイコーのダブルフラッグシップ

  • ブランド名:セイコー(亀戸精工舎)
  • モデル名:キングセイコー
  • ムーブメント型式:cal.44A
  • 振動数:18000回/h(5振動、2.5Hz)
  • 使用石数:25石
  • 発売年:1964年
  • ケース:14K金貼りケース
  • ラグ幅:19mm

こんにちは、今日も元気にメンテナンスしていこう。

今回は、44キングセイコーの分解を行う。

もしかしたらキングセイコーなんて聞いたことないという方もいるかもしれない。

確かに現行ラインナップからは外れているので無理もない。

当時はグランドセイコーと並んでセイコーのフラッグシップ機として生産されていた時計だ。

そして、グランドセイコーとキングセイコーのムーブメントは共通であった。

じゃあ何が違うんだということになるが、外観部品と調整工程の一部省略による違いがある。

それだけかと思うかもしれないが、クォーツ時計が一般的でなかった時代はその少しの差が大きな意味を持っていたのだろう。

公務員初任給の約2か月分のグランドセイコーと約1か月分のキングセイコーで新品販売価格は約2倍近く差があった。

共通ムーブメントにここまでの差が生まれるだろうか。

確かにセイコーのブランディングなのかとも思える。

この価格差を考えると調整作業以外に部品の選別作業も入っていたと考えるほうが自然だ。

当時の機械式時計のこだわりは、現在からみると異常としか言いようのないものであっただろう。

部品の選別といってもサイズからして1/100mmの寸法差分があるかどうかといったところだ。

そして、製造から半世紀以上たった現在では、部品の磨耗が進みオーバーホールが繰り返されている状態だ。

摩耗した部品と分解したムーブメントには、製造当時ほどの優位差はない。

その結果、現在においては外観部品の違いのみが残されている。

ざっくりとグランドセイコーキングセイコーが作られるまでの経緯は以下である。

  1. マーベルで世界と肩を並べるほどの腕時計を開発した。
  2. ロードマーベルで国産初の高級機を開発した。
  3. クラウンでムーブメントの精度と信頼性を大幅に高めた。
  4. 初代グランドセイコーとキングセイコーのダブルフラッグシップを作り出した。
  5. 44グランドセイコーとキングセイコーでデザインをブラッシュアップ

今回の個体の状態を確認する

個人的に大好きなモデルであるので、前置きが長くなったが、今回の個体の状態を確認していく。

  • 44キングセイコー
  • ケースはスナップバック式の非防水タイプ、金張り
  • 不動品
  • 外観は比較的きれい
  • 裏面にメダリオンがない
  • リューズは社外品に変更済み
  • 文字盤についても浸水などの目立つダメージなし

外観の状態からは、かなり期待できるが、1960年代製造を考えるときれいすぎるのも訳ありの可能性がある。

ちなみに44キングセイコーにはスクリューバック式の防水ケースがラインナップに追加されている。

これは、防水機能が腕時計の付加価値として認識され始めた証でもある。

本来、宝飾品であった時計は身に着ける際に防水性能を要求されることはなかった。

スーツを着ているときには水にも濡れないし、汗もほどんどかかないだろう。

しかし、腕時計が普及するにつれて、実用品としての機能が必要になってきたといえる。

事実、44キングセイコーでは初代より材料原価の低減が図られている。

ラインナップから18K無垢インデックスのSD文字盤の仕様が削除された。

また、金貼り厚みも100μmから80μmに低減されている。

今後、機能の充実と原価低減の流れは加速し、現在のSEIKO5のラインナップが生まれることになる。

外観のチェックがすんだら、リューズを使って機能に異常がないかをチェックしていく。

  • ゼンマイ巻きあがり状態、つまりはゼンマイは切れていない
  • リューズ引き出し動作問題なし
  • 時刻調整問題なし
  • 軽く振っても秒針動作せず。

上記より何らかの理由でテンプが稼働しない状況であることが分かった。

ゼンマイが巻きあがっている状態は切れているよりはいい気がするが、状況によるといえる。

テンプが摩耗して動作不能となっている場合は、寿命を迎えているので基本は廃棄だ。

しかし、ゼンマイが切れている場合は、使われないまま放置されていた可能性がある。

ゼンマイの替えのハードルは低いので、期待できる場合もある。

まずは、リューズ周りの機構は正常動作であることを確認できた。

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裏蓋を解放し、ムーブメントを確認

裏蓋とケース隙間がわずかに大きい場所がある。

大抵はリューズと反対側の9時の位置にあるはずだ。

そこからデザインナイフやコジアケを入れて、裏蓋を外していく。実施する場合は、怪我に注意すること。

パキンという音と共に裏蓋が外れ、ムーブメントが現れた。

フラッグシップ機の名に恥じない素晴らしい造りのムーブメントだ。

美しい曲線とテンプを支えるダブルブリッジが確認できる。

このことから、以前メンテナンスを実施した「クロノス」がベースであることがわかる

明らかに亀戸精工舎の雰囲気が漂うムーブメントである。

なぜか、亀戸精工舎はこのダブルブリッジテンプにこだわり続けていた。

44キングセイコーの派生機である45キングセイコーまでこの構造を使い続けた。

この美しいムーブメントの中で、圧倒的な違和感を放つ後付け感満載のありえない物体がある。

長い片手もちの謎の機構だ。これは通称「カマ」と呼ばれる秒針規制機能だ。

リューズを引くとこの「カマ」が振り下ろされ、4番車に接触、秒針を止める。

44キングセイコーの初期型にのみ搭載されるレアな仕様だ

現存数が少ないことから、マニアの間で人気があるらしい。

しかしながら、設計的に見れば、無理やり後付けした機構に過ぎない。

軸から作用点までの距離も長すぎるため、ちょっとしたことで破損する可能性がある。

さらにあろうことか、カマが留め石と金具をかすめるとんでもない仕様だ。

ファーストキングセイコーのムーブメントを無理やり流用したのではないかとまで勘ぐってしまう。

そこまでして秒針を規制にこだわったのはセイコー。

当時のフラッグシップ機にはどうしても「秒針規制」の仕様が必要であったからであろう。

当然、セイコーもとんでもない仕様だとわかっていたはずだ。

マイナーチェンジ後の後期型には、無理のない秒針規制機構に変更されている。

文字盤側を分解していく

気をとりなおして、文字盤側の分解に入る。実に美しい仕上げのケースである。

ここにも裏蓋と同じく9時の位置付近にわずかに隙間があるので、そこからこじ開けていく。

ケガは当然であるが、部品の破損にも注意しよう。

秒針など意外なほど繊細な部品が多い。

こちらも問題なく外れた。針は可能な限り揃えておく。

この針であるが、このタイプのものは意外なほどレアである。

ファーストモデルとこのセカンドモデルを除くとこの形状の針は、ほとんど見られなくなる。

これも原価低減と思われるが、以降はドルフィン針という板金曲げのものが主流となる。

他にもバトン針という細めの針が流行ったこともあったらしい。

しかし、クォーツ時計と比較した機械式の数少ない長所はそのゼンマイの駆動トルクである。

せっかくなので、クォーツ時計には難しい大きく重い針を豪快に回していきたいと思う。

剣抜きを使用し針を外す。キズ防止のため、ビニールなどを敷いておく。

これは工具があるのとないのとでは、作業性が大きく異なるので買ってしまっていいと思う。

無事に針とケースの分解が完了した。

リューズの前に「カマ」を取り外す

続いて、ケースからムーブメントを外していく作業に入る。

通常、ケースからムーブメントを外すためには、リューズを外す必要がある。

しかし、例の後付け感満載の「カマ」が邪魔で、リューズを固定しているオシドリにアクセスできない。

そのため、本機においては、リューズより先に「カマ」を外す必要がありそうだ。

そんなイレギュラー作業にに焦らず、まずはゼンマイの解放して安全を確保する。

ゼンマイを開放し忘れると分解中に歯車がはじけ飛んで紛失するか、最悪破損する。

アンティーク腕時計の最大の弱点は部品が手に入らないことである。

部品の紛失と破損は復旧不能を意味する。

こちらの対策は確実に実施しておきたい。

リューズを手で保持しながら、もう一方の手でコハゼをずらし、ゆっくりとゼンマイを解放していこう。

いよいよカマを外していくが、外し方がわからない。

まあ、固定ネジは1か所しかないので、このネジを外して様子を見る。

特に問題なカマを外すことができた。

これまた頑丈な部品ではないので慎重に扱おう。

カマを外すとついにオシドリが顔を見せてくれる。

やっとでリューズを取り外す

「カマ」を外した裏から出てきたオシドリを確認する。

ゆっくりと緩めながらリューズを引き抜いていく。

この時オシドリを全部外すと裏面の押さえ板金まで外れてしまうので注意する。

あくまでリューズが抜ける程度まで緩めるだけで十分である。

今回については、全部分解する予定なので、特に問題はない。

特にリューズも問題なく抜けた。巻き真も特に破損はない。

リューズも磨耗気味だが使用に差し支えないので、そのまま使用する。

ムーブメントを固定しているネジを外していく。

2か所あるはずだが、この個体は1か所のみで留められていた。欠品したネジは補充する必要がある。

文字盤側を取り外す

ケースからムーブメントが外れた。リューズを戻して、文字盤の取り外しにかかる。

それにしても見れば見るほど美しいムーブメントだ。

ムーブメントサイドに文字盤を固定しているネジを2か所緩め、文字盤を外す。

短針を回す歯車を外す

文字盤をはずすと、短針をはめ込んでいた歯車が出てくるが、これは固定されていないため、落下紛失に注意する。上に乗っている銅ワッシャも同様だ。

それにしても、時計は専用部品ばかりで、汎用の部品流用ができない。

そのため、部品の紛失は動作不能に陥る可能性もある。注意深く作業していく。

短針を回している歯車は、引き抜くだけで取り外しできる。

ツツカナを引き抜く

長針を回している歯車ツツカナは2番車に圧入されているため、簡単には外れない。

私の場合は、剣抜きを使って取り外している。意外に繊細な部品なので注意すること。

ツツカナを引き抜くと2番車と4番車の軸が出てくるので、こちらを曲げたり破損したりしないよう注意する。

意外と鋭利なため、怪我にも注意する。

以上で文字盤側の分解は完了だ。他にも分解できる部分はあるが、特に分解の必要を感じないため、このままにしておく。

角穴車を取り外す

裏蓋側の分解に入る。まずは角穴車を固定しているネジを取り外す。

このネジは普通のネジなので反時計周りで外すことができる。

角穴車とかみ合っている右上の歯車の留めネジは逆ネジとなっていることが多いので外す場合は注意すること。

今回は特に必要を感じないので取り外しはしない。

角穴車をムーブメントから取り外す。名前通り中心の穴は四角形である。

大きな磨きが入っている角穴車と1番車(香箱)の軸にもルビーが入っているのはさすがに高級機である。

香箱を留めているプレートを取り外す

香箱を留めているプレートを取り外す。通常2か所留めであるが、1か所は「カマ」と共締めであるため、残りの1箇所を外していく。

プレートとの間にマイナスドライバーを差し込んで、プレートを浮かせる。

浮かせたプレートを取り外す。

輪列を留めているプレートを取り外す

輪列を留めているプレートを取り外す。まずはネジ2か所を取り外す。

マイナスドライバーでプレートを浮かせる。

このモデルは、プレートに4番車が取り付いているおり、同時に外れるので、破損しないよう注意すること。

あれ?なんかおかしい

ここまで、淡々と分解してきたが、えも言われぬ違和感に襲われた。なんかおかしい。

キズミでよーく見てみると右側の歯車の軸を留めているルビーが一つ足りない。

本来ここには2個のルビーがあるはずなのだが、伏せ石の部分がないのだ。

ここが不動の原因の一つであろう。

伏せ石がないと歯車が正しい位置に固定されないので、正常な動作を阻害する。

補修方法は、コの字の固定レバーをとりはずし、伏せ石を取り付け、固定レバーで固定する「だけ」である。

あまりに小さいため、できれば触りたくなかったが、今回は触らざるをえない。

まあ、細かことは気にしないということで、本件は一旦忘れることにして、続きを実施していく。

気をとりなおして香箱と歯車を外す

不動品復活において、ハプニングはつきものだ。

何せ60年近く前のものであるので、良くも悪くもいろんな人の手をかけて現存している。

何があっても不思議ではないのだ。

稀にアンティークの時計に対し、「本物か?」「オリジナルのパーツか?」などと気にする人がいる。

しかしながら、それは全く無意味な心配である。

すべてオリジナルで完璧なものが60年間もまともに現存している方が異常である。

あのロレックスでさえもケース本体とムーブメント地盤のナンバーの組み合わせさえ合致していれば「本物」の判定である。

オーバーホールに出した際に、すべての部品が純正品に変更されて、部品のないものは同等品で補われるか、対応不可で回答がある。

それでも60年前のものは部品が残っていないモデルが多い。

しかもこのレベルの時計になれば、部品の複製も並大抵ではない。

言い方を変えれば、偽物を本物以下のコストで作成することは無理である。

そのため、偽物を作るにはムーブメントごと別物に変更する以外ないが、そんなものはムーブメントを確認すれば1秒で判断できる。

つまり本物らしい品質のムーブメントが正常に動いていれば「本物」で問題ない。

まあ、トラブルは後回しにして、次回はいよいよテンプ他を分解していく。

テンプを取り外す

クロノスベースの44キングセイコー、クロノスと同じく曲線を使用したダブルブリッジタイプのテンプ固定プレートだ

クロノスがS字プレートであったことを考えると、少々合理化された様相が見て取れる。

まあ、基本的に時計師以外の目に触れることはないのだから、見た目まで気にしている方がオーバースペックである

テンプの状態は非常に良い。まるでほとんど使われていなかったのではないかと思えるくらいの状態だ。

かなり早い段階で不動となり、保管されていたようだ

いつも通り、ネジ2か所を取り外し、マイナスドライバーでプレートを浮かせる。

テンプをプレートごと取り外す。この時、テンプのヒゲゼンマイと天芯を破損しないように注意すること。

ヒゲゼンマイは、機械式時計の中でも最も繊細な部品の一つである。

マニファクチュールをマニファクチュールたらしめる重要な要素であると言っていい

取り扱いには十分に注意すること。

2番車を留めているプレートを取り外す

2番車を留めているプレートを外す。ネジを1か所と外す。

プレートを取り外すとガンギ車と2番車がフリーになる。

取り外しは可能だが、アンクルがひっかかる可能性があるので、アンクルから先に外していく。

アンクルを留めているプレートを取り外す

アンクルを留めているプレートを外す。ネジを2か所取り外す。

マイナスドライバーでプレートを浮かす。

プレート取り外す。

残った部品を取り外す

ガンギ車とアンクルを取り外す。

なんだこれ?こんなのあった?

2番車を取りはずして完了、、、と思いきや、何か見慣れないものがある。

こんなのあったっけ?と思って見返してみると写真にバッチリ映っていた。

折れたネジの破片、、、のようである。これが輪列に挟まって不動となっていた。先のルビーの外れもこれが原因とみて良い。

しかし、このネジどうやっても入り込むはずはないのだが、どういった経緯で入り込んだのか。

ほとんどあけられない裏蓋から、本来入っていないネジの破片、60年も経つとこんな不思議なことがあるもののようだ。

まあ、細かいことは気にしないで、気を取り直して、2番車を取り外してフィニッシュ。

分解した部品は超音波洗浄機にて脱脂、洗浄する。

次回は、いよいよ組み立て編である。

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