裏蓋を開けてムーブメントを眺める
こんにちは、今日も元気にメンテナンスしていこう。
今回は、時計のスナップバック式ケースの開け方について書いていく。
アンティーク時計の魅力の一つには、その美しいムーブメントがある。
しかしながら、シースルーバックケースや防水ケースは一般的でなかったため、美しいムーブメントは時計士のみ見ることができるモノとなっている。
せっかく美しいムーブメントが搭載されているのに、持ち主が一度も見たことがないのでは悲しい限りである。
そのため、実際に裏蓋を開けてムーブメントを鑑賞できるようにしてもよいと考えている。
作業は自己責任で実施し、怪我には十分に注意すること。
また、作業の痕跡は消すことができないので、時計師には面倒を見てもらえなくなる可能性があることも理解しよう。
ひどい人になると時計士資格のないもの以外が作業したものはゴミと一緒と考えるようであるので注意しよう。
ちなみに今回開けてみるのはセイコーのライナーという時計だ。
3針の手巻き時計で、とてもシンプルな時計でのそのムーブメントも実に思い入れの入ったものとなっている。
実用時計であるから、それほど美しいといった様子ではないが、自動巻き量産に向けたムーブメントの薄型化を図ったモデルである。
結果として、手巻き式としたライナーは、当時流行の薄型腕時計として販売されていた。
当時の状況とセイコーマチックがラインナップされていたことを考えると主目的は、自動巻きムーブメント量産化開発の一環であったと推測する。
では、裏蓋を開放する作業に移ろう。
まずはじっくりとケースと構造を観察しよう。
裏蓋には「seiko liner」「STAINLESS STEEL」「15006」と記載がある。
いうまでもなく、最初の行は製品名。
2行目はケースの素材がステンレス製であること。
最後の数字はケースナンバーで前2桁は15型サイズのケースであることを示している。
残りの3桁はケースの形状を示すものと思われる。
この時期のセイコーのケースは、外観部分に製造番号が表示されていない。
大抵は裏蓋の内側に打刻されている。
そして、腕時計は肉眼で確認するには少しばかりサイズが小さいものである。
このサイズ感が製造の難易度を跳ね上げる要因となっている。
そのため、キズミと呼ばれる小型ルーペを使って観察すると細部を拡大して観察することができる。
裏蓋の隙間にコジアケを差し込む
こうしてみると、一見きれいに見えるステンレスケースも小さな傷が多いことがわかる。
アンティーク時計で傷がどうのこうの論じることがいかに無意味であるかわかるだろう。
製造工程ですらこの程度の傷はつくだろう。
傷についてまじめに論じるなら、少なくとも傷のサイズ(長さ、幅、深さ)、位置、数くらいの情報は必要である。
傷よりも見るべきは裏蓋の開け口である。
わずかではあるが、リューズと反対側の裏蓋の端にはコジアケを入れる隙間が確認できるはずだ。
ちなみに、当たり前だが裏蓋の方向でこの隙間の位置は変化する。
しかし、腕時計は懐中時計から変化したものなので、リューズを上にした状態で文字が読める位置が基本である。
そのため、正しく組まれていれば、リューズと反対側、大抵は9時の方向に隙間が確認できるはずだ。
ただし、これも時期によっては12時方向を上とする考え方もあるかもしれないので、6時の位置でも別に構わないと思う。
実際に12時の位置を上として、90度回転された状態で組まれている個体も存在する。
この時隙間が見つからなかったり、工具を引っ掛けるような溝がある場合はスクリューバック式を疑おう。
防水ケースに多い構造で、文字通り裏蓋がネジ式になっているものであり、コジアケでは開けることができない。
別途、スクリューバックオープナーが必要になる。
こちらは少し難易度が高いので、今回は割愛する。
この隙間にコジアケという専用工具を使用して裏蓋をこじ開ければ、ムーブメントが現れるはずだ。
しかしこのコジアケ、いくつかサイズが存在する上に、購入状態ではなんか先端が厚い
私の買った工具が安物であるせいかもしれないが、ダイヤモンドやすりなどでコジアケ先端を研磨しておくとよいかもしれない。
結果として、先端が刃物のようになるので、ケガにだけは注意してほしい。
コジアケが厚すぎて入らない場合は、デザインナイフなどで代用することもあるが、こちらは本当にケガをする可能性がある。
安全に十分注意して、自己責任で作業を実施お願いしたい。
隙間が確認できたらコジアケを差し込みコジあける。
よく調整されていれば、パキンという音とともに裏蓋が外れるだろう。
モデルや材質、状態にもよるので一概には言えないが、使用時に脱落しない程度に嵌まっていれば問題ない。
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広告ケースに隠された美しいムーブメント
本個体についてはパキンという音とともに裏蓋が外れ、ムーブメントが現れる。
ムーブメントにはメーカ名である「SEIKOSHA」の表示。
人工ルビーの使用数を示す「23JEWELS」の表示。
ムーブメント型式である「 3140」の表示が確認できる。
自動巻きでないため部品点数は少なくシンプルな構成となっている。
歯車の軸の回転中心には、ベアリングの代わりに赤い人工ルビーが用いられている。
ムーブメントの周囲が変色しているのは、裏蓋とケースの隙間から水か汗が侵入した痕である。
侵入経路としては、大抵下記である。
- 裏蓋とケースの隙間
- リューズとケースの隙間
- 風防とベゼルの隙間
- ベゼルとケースの隙間
つまり、この時の腕時計は隙間だらけで、さらには毛細管現象で水分は隙間に吸い込まれていく。
いかに液体に対して無防備かわかるだろう。
つまり、腕時計をしてのスポーツや屋外作業は想定されていない。
ドレスウォッチの名のごとく、汗をかかないような状態でしか身に着けないまさに宝飾品の側面が強い。
そのため、1960年代中盤になると「スポーツ」と名のついた防汗、簡易防水のついたモデルが登場することとなる。
このあたりから、ムーブメントは消耗品と考えられるようになり、その部品は簡素化されていく。
事実、初期のスポーツモデルには、比較的廉価品の17石チャンピオンなどが採用されていた。
これらは、使用状況から水没や破損を前提としたコンセプトで、修理時にムーブメント交換をしてもコストが小さくなるよう設計されていたと推測する。
現在でいえば、7S系、4R系、6R系といったところだろう。
次に、内部の構成部品を見ていこう。
上の写真の左側に大きく鎮座しているのは、機械式時計で最も重要な部分であるテンプ部分だ。
回転式の振り子で、時計の進みを制御している。
振り子はそのふり幅によらず一定の周期で振動するものである。
このモデルでは1秒間に5回振れることで、歯車の回るタイミング、つまりは時計の進みを制御している。
ムーブメントの中で最も回転速度が大きくなるところで、最も速度変化の大きい部分でもある。
そのため、中心軸部分には赤い人工ルビーを金色の金具で固定し、摩擦の低減と衝撃吸収の構造をしている。
どんなに廉価な時計でもここだけは、構造を変えていないものが多い。
つまりは最もコストをかけるべき部分である。
「F」「S」の表示は歩度調整の目盛りだ。
改定中心から伸びているレバーを調整し、切り欠きを「F」側にずらすと早く進み、「S」側にずらすと遅く進むようになる。
この輪っかを高速回転させている回転式バネ振り子の構造が機械式時計の精度の限界を決めている主な要因である。
振り子時計では大きな振り子を使用しており、クオーツ時計はこの部分が水晶振動子を使用している。
続いて、動力機構だ。機械式時計の動力はゼンマイである。
昔は多くのおもちゃに入っていたが、現代ではチョロQが有名である。
写真右側のリューズを巻き込むことで、3本線の入ったネジで固定された歯車が回転し、その下の大きな歯車(角穴車)が回転する。
そして、その下にある香箱(1番車)内にあるゼンマイを巻き上げる。機械式時計のすべての動力はここにためられている。
電池式と比較して大きなトルクを発生させているため、ムーブメント全体にパワー感がある。ここも時計好きの心を惹きつける一つの要因だろう。
最後に輪列と呼ばれる歯車類だ。
手前下側が秒針につながっている歯車でテンプによって速度を制御されている。
万が一、速度制御を失うとチョロQのようにシュイーンという音を立てて、数秒でゼンマイは開放状態となる。
いうまでもなく、分針、時針の歯車ともつながっている。
ムーブメント全体のパワーは一定であるので、回転数の大きい歯車ほど駆動トルクが小さくなり、摩擦や外乱に敏感になる。
言い方を変えれば、秒針よりもゆっくりと進む歯車については、簡単には止まらないということになる。
機械式時計が摩擦で動作不良になる場合は、秒針かそれより早く動く部分に不具合がある可能性が高い。
このように、美しいムーブメントが稼働する様を眺めるのは、時計を見ながら時間を忘れてしまうほどである。
ムーブメントの見どころとしては下記
- 各パーツの装飾、作り、素材の美しさ、繊細さ
- 各パーツの役割を果たす動き
- アンクルがガンギ車と衝突して鳴らす動作音
今回はここまでとする。
今後も時計情報について書いていく。
何かの参考になれば幸いである。
それではまた。
まとめ
- スナップバック式は容易に開放可能
- 隙間にコジアケを差し込んで開放
- 美しいムーブメントを観察しよう
- 各部を観察しよう
- スクリューバック式は別の方法で開ける