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機械式時計に使用される繊細な部品を観察する

美しくも繊細な部品たち

こんにちは、今日も元気にメンテナンスしていこう!

今回は、機械式時計の部品をクローズアップして見ていく。

最近の機械式時計はシースルーバックのものも多くあり、その構造が垣間見えるものがある。

しかしながら、自動巻きのせいもありハンマーが邪魔してよく見えないこともあるだろう。

そんな、ひっそりと機械式時計を構成する部品たちにスポットライトを当ててみたいと思う。

代表として先日メンテナンスしたセイコーロードマーベルの部品を拡大してみた。

この時計のムーブメントを選んだのは、3針のみの単純な構成とそのしっかりとした作りのためだ。

下手に新しいものを選ぶと構造が複雑になったり、部品が小さくチープになっていたりする。

部品の美しさとその機能が際立っている本機を選択した次第である。

ただ、部品だけ見てもわかりにくいかもしてないので、できる限り、力の伝わり方に沿って紹介していく。

まあ、外側の部品はだれしも見慣れているので、あまり見る機会がないであろう内部部品を見ていく。

構成部品の仕上げを観察することで、なぜ機械式時計に高価なものが多いのかも理解できる。

意外と感じるかもしれないが、機械式時計に必要な主な部品は下記のみである。

  • 角穴車:リューズの回転をゼンマイへ伝える歯車
  • 1番車(香箱):ゼンマイが収められている動力車
  • 2番車:直接的に時針、間接的に分針を回している歯車
  • 3番車:回転数を加速する歯車
  • 4番車:秒針を回している歯車
  • ガンギ車:アンクルとセットで歯車を一時停止させる歯車
  • アンクル:一定のテンポでガンギ車を受け止める機構
  • テンプ:アンクルを決まったテンポで作動させる振り子

角穴車は時計の表札

まずは角穴車を紹介していく。

これはリューズやハンマーからの力を受けて、ゼンマイを巻き上げるための歯車だ。

比較的大きな力(トルク)がかかる部品のため、大型の歯車であり、軸は空転防止のため文字通り四角型をしている。

この大型の歯車は、ムーブメントの目立つ位置に配置されることが多い。

さらに寸法に余裕があり、キャンバスのように視覚的表現も許された数少ない歯車だ。

そのため、飾り彫りや磨きなどで時計の「格」を表現する場所でもある。

角穴車に凝った装飾がある場合は、大抵はその処理に比例して高級機であることを示している。

言い方を変えると、この車が無処理で美しくないような時計は、それなりの時計ということになる。

写真のものはかなり大きな磨きと彫りが入っているため、比較的高級機である。

実際にグランドセイコーを世に送り出すまでは、このロードマーベルはセイコーの最高級機であった。

その名に恥じることのない立派な角穴車であるといえるだろう。

機械式ムーブメントをみるときは、まずは角穴車の外観を確認して、おおよその格を見積りしよう。

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香箱(1番車)はエネルギーの貯蓄箱

1番車は香箱と呼ばれ、内部にゼンマイバネが収められている。

先述した角穴車からの力を受けて、中央の四角い軸を介してゼンマイが巻かれる。

機械式時計は巻き上げられたゼンマイを開放することによって、他の歯車を回し、針を回す。

例えるなら、ちょうどチョロQをバックさせた状態も同様の状態である。

チョロQはゼンマイの力を推進力に使用している。

本来ならばチョロQのようにものすごい勢いで針が回り、あっという間にゼンマイはほどけてしまう。

そうならないように、機械式時計は歯車を一定のタイミングで止めたり動かしたりしている。

後述するが、そのタイミングを作っているのがテンプ(振り子)であり、歯車を一時停止させているのがアンクルという部品である。

香箱は機械式時計の中で最もエネルギーに満ち溢れているところだ。

この歯車以外に動力となる部品はない。

車で言えばガソリンタンクであり、クォーツ時計に置き換えると電池の部分である。

通常、香箱は黄銅にニッケルメッキ程度の仕上げであるが、セイコーのフラッグシップ機である本機は金メッキが施されているようだ。

懐中時計の最高級機にもなると18金無垢などという豪華な仕様ものもある。

このように、機械式時計の部品はお金をかけようと思えばいくらでもかけることができるのだ。

すべての金属部品を18金の無垢削り出しにするだけで、数百万円の値段になってしまうだろう。

ザックリの目安であるが、現在の時代であれば10万円もあれば、十分な性能を持った機械式時計が作れるはずだ。

それ以上は、時計としての機能以上のものにコストがかけられていると思って問題ないだろう。

セイコーの普及モデルであるセイコー5であっても機械式時計としては完成の域にあるものだ。

ちなみに、古い手巻き式時計でリューズが空回りするときは、この香箱の中のゼンマイが破断している可能性が高い。

その場合は、この香箱からゼンマイを取り出して、ゼンマイ交換またはゼンマイ修理をする必要がある。

本機の場合は、金属板などの硬い板に裏面の軸を押し当てることで香箱を開けることができる。

メンテナンスの際に香箱を開放するときはゼンマイが飛び出すことがあるので、目などに入らないよう十分注意すること。

最悪は失明のリスクもある。ゴーグルなどで対策することをお勧めする。

2番車は時計の分針を回す

2番車は分針を回すための歯車だ。

本機の場合は、裏面にある小さな歯車が1番車(香箱)とかみ合って、力を受けて回る。

その時に大きな歯車が3番車とかみ合って、3番車を回している。

この時、2番車は1番車より早く回り、3番車は2番車より早く回る。

このようにして、回転スピードを加速していくのが機械式時計の構造である。

この時、回転スピードを2倍にすると回転トルク(回転力)は半分になるという物理法則がある。

ちょうど自転車のギアと同じである。速度の出るギアに変速するとペダルは重くなるはずだ。

ちなみにこと2番車は軸部にもう一つ歯車を圧入して、補助的な歯車を介して時針も回している。

当然であるが時針を回す歯車は1時間に1回転する歯車で分針を回す歯車は1時間に60回転する歯車だ。

つまりは、時針と分針の回転トルク(回転力)は60倍も違うことになる。

こんなにも小さな機械の中で、こんなにも速度の異なる歯車が同居している不思議な機械である。

また、この歯車の特徴的な部分は、軸の中心に穴が開いていることだ。

この穴には、秒針を回している歯車(4番車)の軸が通ることになる。

秒針が時計の中心にあるセンターセコンドといわれるものは大抵この構造だ。

秒針の軸が中心にあるのは通常の構造ではないのかと思ったかもしれない。

私も意外であったのだが、腕時計はスモールセコンドと呼ばれる時針、分針と別の軸に秒針があるものが通常であったようだ。

2番車の中心に穴を作るのが容易ではなかったのか、長い秒針が歯車のがたつき(バックラッシュ)によりぶれるのを嫌ったのか定かではない。

個人的には機械式時計において、秒針は稼働確認機能であると思っていて、品よく回るスモールセコンドのほうが好みである。

しかしながら、現在の主流は、視認性のよいセンターセコンドなのである。

3番車は回転数を上げていく

この3番車は、直接針を回す歯車ではない。

そのためどうしても影が薄くなってしまうが、2番車(分針用)の回転数を4番車(秒針用)の回転数まで上げていく、いうなれば加速用の歯車だ。

1時間に60回転する分針の回転数を1時間に3600回転にするためのものだ。

軸先端の小さな歯車で2番車の力を受ける。同時に外側の歯車は4番車秒針の軸につながっている。

構造上、この3番車がなくても時計自体は成り立つかもしれない。

しかしながら、60倍の歯数(周長)を持つ歯車となるので、小型化ができないだろう。

つまりは、機械式時計を常識的な大きなに収めるために必要な歯車であるといえる。

まさに目立たないが、渋い仕事をこなす歯車である。

本機の3番車は黄銅材料を磨きこんだものか、金メッキの表面処理が施されたもので実に美しい。

蛇足であるが、2~4番車を含むいくつかの歯車が14金または18金でできたものをゴールドトレインと呼び、懐中時計などの高級機に見られる。

本機の歯車は磨きのみのようであるが、高級機ともなると端面が処理されたものさえある。

現代の普及機の時計についていえば、表面の磨きや金メッキされたものすら珍しいであろう。

4番車は秒針を回す

4番車は秒針を回す歯車で、細く長い軸が特徴的だ、小さい歯車のほうで3番車の力を受けて、外側の歯車はガンギ車につながる。

秒針は動きが早くとても目立つ針であるので、気を使って作る必要がある。

それにも関わらず、内側の歯車を小さくしなくてはならず、かみ合いのがたつき(バックラッシュ)が大きくなる。

結果として、秒針先端がブレる原因となるため、とても繊細で難しい歯車だ。

稼働時の秒針のブレが大きい場合は、ここを含めた歯車の摩耗が進んでいる可能性がある。

この歯車の精度と強度をあげることで、秒針の運針に高級感を出すことができる。

ガンギ車は歯車の一時停止装置

機械式時計を分解して目を疑う部品がこのガンギ車である。

ほかの機械装置ではあまり見ることのない不思議な歯車だ。

このガンギ車が歯車を止めたり、動かしたりすることで秒針は1分に1回転の速度で進んでいく。

もしもこれがなければ、チョロQのようにものすごい勢いで針が回り、数秒でゼンマイが開放されて時計は止まってしまう。

この不思議な形の歯車と後述するアンクルとがかみ合うことで、時計のの歯車を止めたり動かしたりを繰り返している。

これを最初に思いついた人は天才であることは疑いようがない。

凡人の思考力しか持たない私では、通常の思考でこの形状に行き着く様子が想像できない。

ちなみにこの歯車は写真の方向から見て右回転して、トップ&ゴーを1秒に5回以上繰り返している。

説明されて、理屈はわかっていても頭で動きを想像することは難しいうえに、実際に稼働している動画を見てもにわかには理解できないのだ。

アンクルはガンギ車を止め、テンプを振る装置

アンクルもガンギ車と同じく、変わった形をしている。

T字またはY字の先に2つのルビー(爪)がはめ込まれ、交点には回転軸がある。

さらにルビーのない側の先端を見ると、カブトムシのように3つに分かれている。

このあたりから理解が難しくなってくるが、アンクルはガンギ車の回転運動を首振り運動で止めている。

アンクルはガンギ車を一時停止させるという一見すると能動的な役割を担っている。

しかし、見方を変えるとガンギ車から力を受けてテンプに動力を伝えている装置でもある。

ガンギ車の回転をルビーで受け止めたアンクルは、首振りすると同時に3つ又部でテンプの振り石を弾いて、テンプを回す。

この時ガンギ車はアンクルのルビーで回転を止められている。

テンプはバネ振り子であるので、逆回転して戻ってきたテンプの振り石がアンクルを逆に首振りさせる。

その時一時的にガンギ車が開放されて、再びアンクルに受け止められアンクルを首振りさせる。

そんな動作を繰り返し、時計の針を進めていく。

テンプは振り子で時計の進みを制御する

テンプは機械式時計で最も重要かつ繊細な部品のうちの一つだ。

テンプとは金色の天輪というコマのような部品と天芯という軸、振り石というルビーが埋め込まれている。

そして、渦巻き状のものはヒゲゼンマイといういわゆるバネである。

この「ヒゲゼンマイのバネ力」と「天輪の重さ大きさ」によってのみ振動数は一定に決まる。

結果として、テンプは軸を中心に一定のリズムで往復運動を繰り返す。

この辺はメトロノームと同様の原理である。

ここで、重要なことは、時計の精度と動力ゼンマイのバネ力は直接的には関係がないということだ。

ゼンマイがいっぱいに巻かれているときの最大トルクの時とゼンマイを開放した最小トルクの時とで理論上は同一の進度となる。

実際は振り角やら摩擦やら空気抵抗やらで一定にはならない。

また、テンプはバネ振り子であるので、理論上は永久に定常振幅を繰り返し、止まることはない。

しかし実際には軸の摩擦力や空気抵抗で徐々に振りが小さくなりやがては止まってしまう。

そのため、機械式時計ではアンクルからエネルギーを供給しながら定常振幅を繰り返し、一定のスピードでアンクルを首振りさせ、時計の針を一定のスピードで進めていく。

テンプの周り歩度調整レバーがついていることが多い。

これは、実質上のヒゲゼンマイの長さを調整して、テンプの振動数を調整、結果として時間の進みを調整するレバーだ。

レバーはヒゲゼンマイの一端を保持していて、ヒゲゼンマイの長さを疑似的に変更できる。

時計のスピードとテンプの関係を下記に示す。

  • ヒゲゼンマイを短くする→進みが早くなる
  • ヒゲゼンマイを長くする→進みが遅くなる
  • ヒゲゼンマイを硬くする→進みが早くなる
  • ヒゲゼンマイを柔かくする→進みが遅くなる
  • 天輪を軽くする→進みが早くなる
  • 天輪を重くする→進みが遅くなる
  • 天輪を小さくする→進みが早くなる
  • 天輪を大きくする→進みが遅くなる

歩度調整レバーは上記のヒゲゼンマイの長さを調整しているのである。

他の手段は主に設計時の手段であり、歩度調整の手段には適切ではない。

例えば、マーベルからクラウンにアップデートする際に、天輪を大径化し精度向上を図った。

これは、天輪を大型化することにより慣性重量を重くし、ヒゲゼンマイを強化して振動数を調整。

天輪の重量が増したため、摩擦や空気抵抗などの外乱を減らし、精度を上げる考え方である。

しかしながら、同時に姿勢変化による影響が大きくなるので、実使用で狙い通りになったかは定かではない。

一方で、52系では天輪は驚くほど小さくなっている。これは高振動化とパッケージング、姿勢変化に対応するためと推測される。

この辺りは別記事で細かく考察しているので、興味があれば参照してもらえれば幸いだ。

そんな小さなことは、気にしなくてもいいんじゃないかと思うかもしれない。

しかし、機械式時計とは、このどうでもいいようなことに驚くほどの努力をかさねている。

時計は重力方向の変化により、テンプ周りの摩擦抵抗が変化する。

そのときの誤差を消すために、テンプをのものを回転させて打ち消そうというのが、トゥールビヨンであったりする。

日差コンマ数秒というレベルの誤差を減らすために、何十万円も、時に何百万円も払って対策していたという正にロマンの世界がそこにはあったと推測される。

このような機械式テンプの山のような課題を一掃したのがクォーツ式テンプである。

以上が機械式時計に必要なメインの機構である。力の伝わる順に部品を追っていった。

これらに関係のない機構はすべて付加機能である。

当然、構造はシンプルなほうがメンテナンス性に優れ、結果的に長寿命であるといえる。

今回はここまでとする。今後とも時計のメンテンナンスや構造について書いていく。

それではまた。

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