機械式時計はメンテナンスが前提の製品
こんにちは、今回は機械式腕時計のメンテナンスの要所について書いていく。
機械式時計は非常に特殊な工業製品である。
自動車やバイクのように定期的な整備が前提となっており、購入した状態のまま永久に使い続けることはできない。
現代の機械式時計には100点を超える部品が使用されている。
複数の歯車が常に接触しながら回転し、テンプと呼ばれる振動体が1日に数十万回も往復運動を繰り返している。
そのため、定期的な点検やオーバーホールが必要になる。
メンテナンスしないと何が起きるのか
[ad01]
広告1. 潤滑油が劣化する
機械式時計には特殊な潤滑油が使用されている。
この油は部品同士の摩耗を防ぐ役割を持つ。
しかし時間の経過とともに、
- 蒸発
- 酸化
- 劣化
が進行する。
油がなくなった状態では金属同士が直接接触し、摩耗が急激に進む。
2. 精度が悪化する
時計の精度を決定するのはテンプとヒゲゼンマイである。
油切れや摩耗が発生すると振幅が低下し、
- 大きく進む
- 大きく遅れる
- 姿勢差が増える
などの症状が現れる。
「最近やたら進むようになった」
という症状はオーバーホール時期のサインかもしれない。
3. 摩耗による部品破損
最も厄介なのは部品そのものの摩耗である。
潤滑油は交換できる。
しかし摩耗した歯車や軸は交換が必要になる。
特にアンティーク時計では部品供給が終了していることも多く、修理不能になるケースも存在する。
4. 防水性能の低下
時計の防水性能はパッキンによって維持されている。
しかしゴム部品は経年劣化する。
その結果、
- 湿気侵入
- ガラス曇り
- 錆発生
などの原因となる。
5. 修理費用が高額になる
定期的なオーバーホールであれば比較的軽微な作業で済む。
しかし長期間放置すると、
- 歯車交換
- テンプ交換
- 香箱交換
などが必要になり修理費用が大幅に増加する。
オーバーホールでは何をするのか
一般的なオーバーホールでは、
- ムーブメント分解
- 部品洗浄
- 摩耗確認
- 注油
- 組立
- 精度調整
を実施する。
言葉で書くと簡単だが、内部には極小部品が多数存在する。
部品によって使用する油の種類や量も異なるため、高い技術が必要となる。
オーバーホールの目安は何年?
一般的には2〜5年程度が目安とされる。
ただし、
- 使用頻度
- 保管環境
- ムーブメント構造
によって大きく異なる。
毎日使用する時計とコレクションとして保管する時計では劣化の進み方も異なる。
精度低下や巻き上げ感の変化を感じたら点検を検討したい。
実際に分解してわかること
これまで数多くの機械式時計を分解してきた。
古い時計を開けると、
- 完全に乾燥した油
- 摩耗した歯車
- 固着したリューズ
- 錆びたネジ
などが見つかることがある。
一方で定期的に整備された時計は数十年前のモデルでも驚くほど良好な状態を維持している。
機械式時計は壊れやすい製品ではない。
むしろ適切に整備すれば世代を超えて使用できる耐久性を持っている。
機械式時計は緩い気持ちで付き合う

私の勝手な印象であるが、腕時計好きの方は、繊細で細かいことを気にする人が多いように思う。
たしかに、傷もなく1秒のズレもなく稼働し、隅々まできれいで完璧な時計も素敵ではある。
しかし、アンティーク時計についていえば、もうすこしアバウトな気持ちで付き合っていくことをお勧めする。
そこかしこに刻まれた傷はその腕時計が経てきた時を示している。
ちょっとの時刻の狂いはご愛敬。ゼンマイを巻くときにでもさりげなく合わせてしまえばよい。
秒針などは稼働確認のためについていると理解しよう。
以前、セイコークロノスの不動品を分解、清掃、組み立てで復活させた手順を記載した。お気付きの方もいたかと思うが、全部の部分をバラして清掃してはいない。
それにもかかわらず不動品の時計は実用精度で稼働している。このように、どこに気を使うべきで、どこがアバウトで良いのか、そんな、機械式腕時計の要所を書いていく。
ざっくり言うと、秒針歯車やガンギ車、テンプあたりはちょっとしたことで止まるから、このあたりを重点的にメンテナンスすべしということだ。
極論として、メンテナンスという意味では、他は結構どうでもいいと思っている。
秒針の回転速度は時針の720倍

以下、機械式腕時計について、少し小難しいことを書く。
- 動力はすべてゼンマイから供給されている。
- 時針は12時間に1回転する
- 分針は1時間に1回転する
- 秒針は1分間に1回転する。
そんなことは当たり前であるという声が聞こえてきそうだ。それでは、これをもとに少し書き方を変えてみる。
- ゼンマイとすべての針は歯車でつながっている。
- 時針は1日に2回転する
- 分針は1日に24回転する
- 秒針は1日に1440回転する。
どうだろうか、なんか秒針が他の針に比べてすごい頑張ってる気がしてきたのではないだろうか。当たり前ではあるが、秒針と時針ではこんなにも回転速度に差異があるのだ。
さらにもう少し考え方を変えてみる。
- 針を回す力(回転トルク)はゼンマイから歯車を介し作用している。
- 時針を回す力(回転トルク)はゼンマイからもらう。
- 分針を回す力(回転トルク)は時針の1/12である。
- 秒針を回す力(回転トルク)は時針の1/720である。
さあ、だんだん機械式時計の弱点見えてきただろうか。
変速ギア付きの自転車に乗ったことのある人なら体で感じられることである。重いギアで坂道を登ることができないのと一緒だ。
これは、ギア比の基本的な考え方で、自転車のギアと同じである。同じ坂を上るのに半分の軽さのギアにした場合は、ペダルを2倍漕がなくてはいけない。
まあ、世の中そうそうおいしい話はないということだ。
つまり秒針を回す歯車は、時針を回す歯車と比較して720倍速いが、720倍止まりやすく繊細な歯車である。
ガンギ車の回転速度は時針の14400倍

動力が一定ならば、速く回るものほど簡単に止まる。これは歯車の基本的な考え方である。
そんな、時針の720倍繊細な秒針に思いを馳せていると、まだまだ頑張っている歯車がいた。
それがガンギ車だ。SEIKOのクロノスを例にとると、その形状からガンギ車は15振動で1回転する。クロノスは、5振動機だから3秒でガンギ車は1回転することになる。するとガンギ車は、なんと秒針の20倍ものスピードで回転している。
- ガンギ車は秒針の20倍の速度で回転する。
- ガンギ車は時針の14400倍の速度で回転する。
つまりは、計算上ガンギ車は時針の「14400倍」簡単に止まるので入念にメンテナンスすべしということだ。何せアンクルのような小さな部品で回転を止めることができるくらいだ。
その繊細さは推して知るべしといったところである。
テンプの回転速度は時針の216000倍
最後は機械式時計の心臓部ともいえるテンプである。あくまで1振動を1回転とした場合であるが、こいつはさらにSTOP&GOを繰り返すウルトラハード仕様だ。
機械式時計の中で最もブラックな職場であるといえる。ものすごいスピードで正確な反復横跳びを続けることを強いられている。
計算上、同じ抵抗が発生したと仮定しても、その影響は時針と比較して、テンプは216000倍であるといえる。
しかし、これはあくまで5振動機の話である。10振動機であれば、さらに倍の432000倍である。もう何が何だかわからない数字であるが、これが、物理法則である。
このことからもムーブメント高振動化のハードルは、足し算ではなく掛け算であることがわかる。
上記計算が示すのは、5振動機と同じ安定性(駆動トルク)で10振動機を作ろうと思うと、ゼンマイのトルクが2倍必要になるということだ。
そしてトルクが2倍になると、軸にかかる摩擦力も2倍となる。
5振動機と同じ耐久性を持つ10振動機を作ろうと思うと、摩擦力を半分にするか、硬度を倍にする必要がある。
それらは物理的にかなり難しいので、必然的に10振動機は5振動機と比較して、耐久力か安定性、またはその両方が劣ることになる。
量産を考慮すると問題になりやすいのは安定性(歩留まり、不良率)であるので、ほどんどの高振動機械式時計は、耐久性を犠牲にして駆動トルクを上げているはずだ。
セイコーでいえば45系ムーブメントが顕著であると推測する。
45系ムーブメントはゼンマイが切れるときに1番車(香箱)を破壊するほどのハイトルクである。
そこまで、ゼンマイのトルクを上げると、もう通常の設計では収まりきらないはずである。そのためか、各所に専用設計部品と専用オイル(グリス)が採用されていると推測できる。
手首に収まる小さな機械式腕時計の中には、20万倍以上取り扱いの異なる構造が詰め込まれていると言える。機械式腕時計を小宇宙と表現する人がいても不思議はない感じはしてくる。
まあ、実際はただのゼンマイと歯車の集合体なのだが。
まとめ

以上の簡単な計算から、メンテナンスの優先順位についてわかったことをまとめる。これを頭の片隅に置きながらメンテナンスすると問題の早期発見の一助となる。
今回はここまでとする。本記事がステキな時計ライフの一助となれば幸いである。
それでまた。
- 秒針とガンギ車、テンプは駆動トルクが小さいため、ゴミ、汚れ、部品の変形などちょっとしたことで止まる。
- 時針と分針周りは駆動トルクが大きいため、簡単には止まらないが、ゼンマイが切れた時に負荷が大きいので破損する可能性が高い。
- 目に見えた破損がないのに、動かない機械式時計は、秒針とガンギ車、テンプの周りに問題がある可能性が高い。
- 1番車内部のトルク損失増大、ゼンマイのトルク不足も不動の原因の一つとなり得る
機械式時計のメンテナンスは単なるメーカーの利益確保ではない。
内部には数百個近い部品が存在し、それらが絶えず動き続けている。
そのため、
- 潤滑油の劣化
- 摩耗
- 防水性能低下
は避けることができない。
しかし適切なメンテナンスを実施すれば数十年、場合によっては100年以上使用することも可能である。
機械式時計の魅力は単に時刻を知ることではない。
整備しながら長く付き合えることも、大きな魅力の一つなのである。

